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November 23, 2007

process

わたしにとってデッサンは物の存在を確かめるプラクティスです。修行僧のようにデッサンします。(注: サムネイルは3段階ですがクローズアップ画面は5段階に分かれています。)

click to close-up画面の中にイメージが膨らむよう、描き出しはかなりソフトなタッチで始めます。あまり強い輪郭線は引きません。輪郭線はその物質と他の物質を隔てるもの、ではなくてその物質と他の物質の関係を表すものとして引いたほうが良いでしょう。物を描くのではなく空気を描くような気持ちです。それから入れ方(構図)は大切です。それで絵の半分は決まってしまいます。妥協は禁物です。(30分。このくらい描くのはあっという間です。ただし構図がダメな場合は何回でも描き直しです。)

click to close-upわたしの場合(知ってます?天才ピカソは画面左上から順に流れ作業のように絵を描いたりしています。)天才ではないので、全体に調和を図りながら仕上げていきます。描く過程も作品の一部のようなつもりです。ひとつひとつのモチーフを描いているという意識よりは絵全体を仕上げているという意識のほうが良いと思います。(その意味ではピカソの流れ作業のような製作過程は正しく思えます。)面白いもので部分を描いていると絵のほうが次はここを描いてくれと要求してきます。ただし雰囲気に流されるのではなく、しっかりそこに存在する物が描けることは大切です。描いているうちに当然、修正箇所が出てくるのですが、それが自分自身で分かるかどうか、それがそのままその人の熟練度となるわけです。(2時間。)

click to close-up「バッチリこれで完成・・・」なんて思ったこと今までに一度もありません。毎回何か、しこりが残ります。というか自分の不甲斐なさを感じます。ん~、なんとか次に活かしましょう。(6時間。多分完成。仕上がりに近くなるほど時間がかかります。)

デッサン修行僧がとり合えず分かった!? と思っていること。
「事物の存在とは事物の関係である。そしてその関係は人間が見るという行為(意志、あるいは錯覚)によって発生する。」

October 23, 2007

blind faith

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人が何かを信じるのって、そのものの実質とかまったく関係がないですね。むしろ実質を伴わないものを人は好んで信じるような気がします。人はそれを信じている自分を信じたいのかな?

昨今騒がれている「円天」だとか「癌が治る水」だとか、あるいはちょっとさかのぼって「オーム」とかのカルト教団、冷静に考えれば絶対あり得ないって分かりますよね。なのに何故?多分、人がものを信じるってその辺の疑わしさは関係ないのだと思います。むしろ当たり前に正しいものなら信じる価値が無くなる、信仰の対象物としての価値は無くなるのでしょう。確かに宗教には教義という理屈もあります。でもそれって結局あとでとって付けたようなものばかりです。だいち、よくよく考えれば日本古来の民族信仰とかって、信仰の対象は「蛇」や「狐」や「鏡」だったりするのですよ。そこに根拠を求めるのは馬鹿らし過ぎる。実は信仰の対象物の中身、どうでもいいという事なのです。

傍から見ると「どうしてそんなの信じちゃってるのよ」と、信じている人は冷静さを、客観性をまったく欠いているように見えるのだけど、実は彼ら信じられないほど客観になりきっているんですよ。何故なら彼らは主観を喪失しているのですから。「客観的に判断」とか言うけど、それって結局主観の中、自分の持つ知識や経験の中で行う作業なのです。そうでない客観なら結局他人を受け入れる、そのまま流される自己喪失の自分が客体になりきる客観という事になる。きっと、どこかで論理のすり替えが起きるのでしょう。例えば信じさせる側(騙す側)は相手に客観を要求する。その客観は徹底的に相手を自己喪失、自己否定するように仕向けるはずです。で、実は主観を失うのって生き方としては楽だったりするのですよ。

人がものを信じるという仕組み、結構面白いですね。これって宗教だけではないですよ。意味の無いアイドルのファンになるとか、男女間の事とか、あるいは政治家を応援するとか、国を信じるとか、信じる行為全般に言えると思います。多分人間は始めに「信じるありき」なのです。それは何故なら人間は群れをなす動物で、一人では生きていけないからでしょう。で、その対象物が微妙ですね。。。害の無いものだったら好いのですけど。


September 12, 2007

漠然

雰囲気的に漠然と更新です。そう、最近漠然と時間が流れます。人の作品には「あまりにも漠然と描き始めちゃったかな?」「問題意識が足りなかったかな?」「もっと見せ場が欲しかったな」などと平気で批評しつつ、舌の根も乾かぬうちに自分自身でもあまりに漠然と描いてしまいました。。。なんたること。これって人の性?あるいはわたしだけ?物事が制御できない悪い方向に進んでいく、例えば戦争前夜なんて、きっとこんな雰囲気なんですよ。良識も見識もある大人たちが相手の短所はよーく発見できて、ただし自分の短所は全然分からない。で、「とり合えず次の一手は?」で物事が進んでしまう。

ところで中教審の「武道」と「ダンス」って一体何でしょう?それもやはり漠然と決まったかな?入国管理局が絶対に難民を受け入れないのとスタンス的には同じかな?あるいは良識、見識以前で委員たちのIQ調べ直した方がいいのでない?

多分彼らは物事を善悪で見ているのですよ。善悪でものを見るって普通な気もするかもしれませんが、必ず必要な見方ではないですよね。絵は善悪では見ませんものね。彼らは自分の価値観が転覆した事がないのでしょ。世界はこのようである、という無意味な自信があるのです。狭い世界に住んでいる人たちは社会の共通認識が自分たちの行動基準になる。自分たちで作り上げた宗教と同じようなものです。単に認識に合う、合わないではなく、合ったら善、合わなければ悪、そこまで行き着いてしまう。。。でなければ「武道」や「ダンス」とい具体性にはならないと思うけどな。単一民族の共通認識を理想化した具体性でしょ。精神論で肉体鍛えなくとも、輪になって踊らなくともいいんですよ。どうして内容コントロールになるかな?単位制にして選択肢を増やすとか、そんな議論になることは決してないのでしょうね。


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August 31, 2007

どうも日本史が好きになれないの件

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どうも好きになれないのよ。日本史教科書って歴代権威を褒め称える日本教の経典かな。まず学問としてのバックグラウンドが怪しいでしょ。知ってます?古事記や日本書紀の原典ってこの世に存在しないんですよ。それからあの古語って怪しい。だって例えば明治時代と現代で言語がいかに変化したかを考えてください。なのに平安時代と江戸時代で同じ古語辞典を使って調べものができるってそんなのありでしょうか?

大塩平八郎や百姓一揆がネゲティブな社会悪として描かれ、人を殺しまくった戦国大名やキムジョンイルの比ではない徳川政権は美化され、それこそが日本の歴史と描かれているわけですよね。日本人の権威主義気質がいかように養われてきたかが良く分かります。NHKの大河ドラマって何?松平アナウンサーって何?いじめが減らない理由良く分かります。保守派政治家は道徳の時間をもっと増やせとうるさいけど、どうやら連中 moral(道徳) と morale(士気)(しかもこの場合あの連中が指しているのはどう考えも group morale) の違いも分かっていないんだよね。

権威を褒め称えるのは学問ではないよね。だったらもっと美術の時間とか増やして子供にしっかり物を見る練習をしてもらいたい。人間の目がいかに錯視だらけかとか。人間の眼はその仕組み上、暗闇に勝手に物を見てしまう。でも暗闇にはお化けはいないんだ、とか。例えばアメリカのブッシュという大統領は物が良く見えないために暗闇に自分で敵を作り出し何万もの人を殺してしまったとかね。

July 24, 2007

pocari

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運命って一体何なんでしょう。会いたいなと思っている人には会えない。会いたくない人には会ってしまう。良い予感はけっして当たらない。悪い予感はかなりの確率で的中する。わたしだけなのでしょうか?昔は色んな面でもうちょいツキがあったけど、今は完全に運命に見放されている。嘆く程に良いことは遠ざかる気がする。こんなこと嘆く自体、実にネゲティブですよね。この消極姿勢がいかんのでしょうか?。。。多分。

全然関係ないですけど、今さっき色々なブログ見て回ってきました。すごくスキッとした、きれいなデザインのブログが沢山ありました。で、ここに戻ってくると。。。このブログって美術部ですね。学校の美術の教室のにおいがプンプンする。。。ただしデザイナー系ではけっしてないのですよ。何だかね?良いものなのか悪いものなのか。自然にこういうにおいを発してしまうのだからどうしようもありません。

それからさらに関係ないけど、最近「加齢臭」なんて言葉が流行っているそうな。たぶんテレビですよね。勝手に作り出すなよ。加齢臭がしたからって一体何なのでしょうか。赤ちゃんは赤ちゃん、女は女、中年は中年、人間なんだから各自それなりのにおいがしなきゃおかしいでしょ。「マイナスイオン」なんてのにはまったく科学的根拠は無いそうだし、「メタボリック・・・」だってそれって病気か?単なる中年太りのことじゃないのか?ワイドショーか「あるある」か知りませんが、世間の傾向はわたし以上にネゲティブな気がします。

(デッサンは去年、受験生と一緒に描いたものです)

July 22, 2007

pomegranate

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今日、わけあって華蔵寺公園の近くまで行ってきました。あの観覧車を見るたびに自分がもっと透明だった頃を思い出します。つーか、そんなカッコ良いものではないのですけど。。。自分物語に思いをはせるってやつでしょうか(なんじゃそれ?)。つーか、今日は暑くて暑くてね。脳みそがシュンとしちゃったわけです。

暑さに負けるのは仕方ないと思うのですけど、この湿度、じとっと感には負けてはいけないと思うのですよ。

(デッサンは去年、受験生と一緒に描いたものです)

July 12, 2007

portrait of a baby girl

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昨年描いた鉛筆デッサンです。知人の赤ちゃんを描かせてもらいました。

最近、大学時代の友人から個展の葉書が届きました。場所が遠いので行けるかどうか分かりませんが、葉書の絵はとても良い出来でした。系統でいうと現代美術のミニマル・アートです。ミニマル・アートって、その知的さ、大人しさゆえに壁にかけられたインテリアで終わってしまうパターンが多いのですが、その作品はそうではありませんでした。何かハッとさせられます。わざとバランスが崩してあるんです。 "Arthentic art changes its shape according to the person viewing it"... 現代美術は訳が分からないからと、よくこんなふうにごまかされます。でも本当の芸術はちゃんと見る人の心をコントロールするんですね。

June 28, 2007

pansies


最近絵を描いていません。これもあまり良い出来ではないです。

今日久しぶりに髪を切りに行きました。半年ぶりです。半年ぶりと言ってもめっちゃ伸びたという感じではありません。何故ならずっと一人フラワームーブメントをやっていますから。

でも今日はきつかった。。。家に帰ってからも暫く苦しみました。
自分のようなロン毛は床屋でなく美容室に行くのが妥当かと思うのです。でも美容室って仰向けの姿勢で洗髪されるのです。実はあの仰向けでやや頭を垂らす姿勢が自分にとってはまったくもって耐え難いのです。更にその姿勢を元に戻すとき...たった1回のその動作で三途の川が見えそうになります。あるいはブランコ100回漕いだのと同じダメージです(泣)。多分、多くの人にはまったく理解してもらえないでしょう。
自分の場合10年程昔にメニエールを患ったことがあるのです。それ以来三半規管が非常に弱くなってしまった。人間の体ってほんと微妙というかデリケートというか、耳の奥にあるちっぽけな器官が壊れるだけで、世界がぐるぐる回りだして歩くことも出来なくなるのですから。

なんだかね。。。せっかく山田さん(美容室のおねえさん)とも顔見知りになれたのに。気持ち的にはまったく萎えてしまいました。

June 22, 2006

梅雨の花


ところで何故に髭や髪の毛は伸びるのでしょう?植物が成長するには新しい葉を作るなり花を咲かせるなりの理由がある。でも髭や髪の毛はあまり大した理由ではないですよね。だいち、放って置いたらどこまで伸びる気なのでしょうか?体毛2ヶ所(脇と大切な部分)は確認済みです。でも髭と頭髪は分からん・・・。今まで髭も5cm程度までは伸ばしたことはあります。でも放って置けば多分もっと伸びます。自然に抜け落ちるということはあるのかな?

と言うことで、どうでもいいことを書いてしまいました。何故か更新出来なかったんですよね・・・。

世の中憤り、沢山ありますよ。政治がどうこう、社会道徳がどうこう、だったらまだブログにぶち撒けられるのですが私的な事はそう簡単にはいかない。更にその私的な憤りが自分の憤り量の中で90%を超えたら・・・なんですよね。まあ鬱ということにしておいて下さい。

April 15, 2006

黒い太陽

完全に鬱病患者の絵でしょ。つうか、そんなのどうでも構いません。既に大昔の大学入学時点で精神が病んでるなんて保健課から呼び出しくいましたから。失敗ドローイングですけど「黒い太陽」は私が先だよと言っとくべきかと思いましたので・・・。

つうか今年の夏のヘアースタイルとしてどんなものでしょう?でかいロールが上方にそびえ立つ。カッコいいと思うのだけどな。

March 16, 2006

Isn't she lovely?

Go to AmazonSongs in the Key of Life/ Stevie Wonder
Isn't she lovely?
Amazonのレヴューを読んだら実に良い言葉が使ってありました。

「神との交信の記録」

最高級の言葉ですね。もし自分の作品がこんな形容されたら・・・と、想像するのもおこがましいのでやめときます。でも一体何がこんな凄い言葉を使わせるのでしょう。確かに「そうだな、神との交信の記録なんだ」って思いますよ。それは彼が天才だから?彼が盲目だから?これこそソウルだから?それらしいタイトルの曲があるから?

自分が思うにその鍵は "Isn't she lovely?" のアイシャの声(ベスト版等には入っていません)に隠されている。父親が娘が可愛くて、自慢したくてついつい曲の中にまで娘の声を入れてしまった。別にそんな解釈でも充分なのですが、これこそが実際に神との交信じゃないかと思うのです。だってこのアルバムのタイトル思い出してください。"Songs in the Key of Life" ですよ。人生って誰でも持っている。子供の誕生、子供の発する声、人間の理知やコントロールとは違う場にあるのです。日々の普通の生活だって紙の上や文字に記されたものじゃない。確かに他にももっと芸術性の高いアルバム、ビートルズの「サージェント・ペパー・・・」やボウイの「ジギー・スター・・・」etc. 沢山あるでしょう。ただし仮に最高の演奏やコンセプトを一枚のアルバムに詰め込めたとしても、そう簡単に「神との交信の記録」なんて王冠を載せられるものじゃない。

そして逆に辿って考えると、それを記録するかはさて置いて「神との交信」とはそんな難しいものじゃない。天才だけが出来るとか「スピリチュアル???」な人間だけが出来るとか、それは大間違いだ。誰もが普通にしている…と思うのですよ。

もしそれが実感したいのなら、恋人を今現在持つ人は直ぐ結婚しましょう。そして(自分が鬼畜だ「仏教的に言うと自分の前世が虫だ」と思っている人以外は)今直ぐ子供を作りましょう。経済的な事など関係ないです。それを気にする時点で充分あなたは資格合格者です。

あなたが自分の子を抱っこするとき、自分の子のオムツを換えるとき、確実に「あ、自分は今神と交信しているのだな」って実感出来るはずです。仮にあなたが子供に恵まれなかったとしても、きっとあなたの愛する人があなたにそれを実感させてくれるはずです。

自分の経験より →

March 14, 2006

エレキ。。。

無性にエレキがホジイ。。。
何が欲しいかというと GRETSCH です。やっぱグレッチが一番カッコ良い、なんて思う今日この頃。だいたい多くのブロガーはこんなのを購入しましたよ、と記事を書くわけですが、自分の場合はこんなのが欲しいですよと、誰か買ってくれや!!!と書き込むわけですね。はい。人間、金が無くなる程に夢が広がる。

G6129T-1962_mdthumb.jpg
Gretsch G6129T-1962 Silver Jet  定価 346,500円

う~。値段で身震いきます。で、これ買ったら次はエピフォン買って、リッケンバッカーはコピーじゃみっともないからモノホン買って・・・中学生並みの皮算用です。どうも自分の場合ストラト、レスポールというスタンダード路線から外れるんですよね。

自分的に過去に所有していたギターを列挙してみます。

  • ヤマハのアコスティック → 高校生のとき食事中に弾いていたら家のオカンにピート・タウンジェントされました。本当です。
  • グレコのテレキャスター(アイボリー) → 高校時代「もうバンドはやらん」と友達に売却。
  • フェルナンデスのモデル名不明の「ジューシーフルーツ」のイリヤが持ってたタイプ(メタリックブルー) → 質屋行き。
  • スクワイアーのプレシジョン・ベース(黒) → 人に貸すが返って来ず。
  • バーニーのレスポールJr → 人に貸すが返って来ず。

ちょっと待てよ、借りたものはちゃんと返せや!!!だいたい、音楽とはどう見ても無縁そうな連中に貸したのです。飽きてすぐ返すだろうと見たわけです。ところがその読みが甘かった。音楽とは無縁だからこそ連中には楽器の大切さが判らなかったのですよ。こちらが「あ、いいよ」と軽く言ってたとしても、その軽さをマジに受け取ってくれたのです。貸した連中は皆後輩や年下だから「ギター返せ」なんてなかなか言いにくい。その他にもドラムマシーンも8トラックレコーダーもありました。でも皆返って来ません!貸した楽器がちゃんと楽器としての役割で連中に使われていたなら、こちらも失い甲斐はあるが、どう考えてもそれはありそうもない・・・。

で、結局自分の手元にあるギターはこいつだけなのです・・・

guitartumb.jpg

かなり昔、友達が何処かのゴミ置き場から拾ってきたガットギター。更に自分は興奮のあまりこのような必殺なペイントを施してしまった。。。ついでに言うと見た目だけではなく、音も「なんじゃこりゃー」なんです。

    教訓
  • 人にはズエッタイに大切な物は貸さない。どうしてもの場合は最初に「絶対返せ!」と3回は念を押す。その後も借金取りのように追いまくる。
  • 買うのだったらコピーでなくモノホンを買う。拾った物は身に付くが、やっすいコピー商品は身に付かない。

March 4, 2006

see more glass

スケッチブックの切れ端より「もっとカガミ見てちゃん」です。自分で描いたわりにはとってもスケアリーです。

December 17, 2005

まだ放心の世界から抜け出られません。
どういうことかというと、ブログをMT3.2にアップヴァージョンしようとしたのです。ところがいざヴァージョンアップしてみると、再構築が出来ない。で、元のヴァージョンに戻そうとしたわけです。ところが今度は自分のブログにログイン出来なくなってしまったのです。MT-medicとか使って手を尽くしてみたのですがどうにもなりません。多分DB関係なのでしょうが、もう自分の知識の及ぶ場ではない・・・。
現状維持でブログは残してあるのですが、ログイン出来なくてはお話になりません。
http://a-priori.org/testblog/weblog/

形あるものはいつかは失われるものなのですね・・・(泣)。
さらには今までのテンプレートもちゃんと保存してなかった。・・・自分の愚かさを呪います。


(このデッサンは記事とは関係ありません。テスト代わりです。)

確かにね最近忙しくて、片手間に何でも済まそうなんて思ってたわけですよ。用意周到にすべきところを「いいや、何とかなるだろ」なんてね。とり合えずこの放心状態を脱したら徐々に復元するっきゃない・・・と思っています。

test

December 4, 2005

eggs and leaves

最近葉っぱをよく描くのだけど、葉っぱってどうやら物じゃない。物質には変わりないのだけどむしろ空気に近い気がする。だいち薄い。何気に気が付いていなかったけど、この薄さにも何かの意味がある。風に揺れるし、いずれは枯れる。動物がしっかり地に立とうとするのとは逆で、風に揺れ空気と同化する為にある。唯一地球上で光合成をして酸素を作り出すのは緑色植物…。なるほど生産者と消費者とはまずその存在の発想自体が逆ということなのだろうか。

November 21, 2005

oranges

切り取ったばかりのオレンジを描いたのだけど、描いてるうちにどんどん葉が垂れてきているのを悟り、慌てて6Bの鉛筆でさくっと仕上げてしまいました。生ものを描くときはたいへんです。毎回こんな事ばかりをしています。

November 17, 2005

persimmons

どうもこの季節ついついdepressedな気持ちになっていかん。昼の時間がどんどん短くなって、朝夕は寒いしね。なんだか寂しいんですよね。…松井は4年62億円だしね。(いや、これは関係無かったか…。)

November 6, 2005

roses

鉛筆デッサンむずいです。色でごまかせないし、筆跡でもごまかせない。根本的に色面で見る能力と明暗を見る能力とは使う脳の場所が違うのかも。葉や花びらにも肉感的な厚みはあるんです。色面派にとってはそういう部分の表現こそが大切なのだけど、・・・出来てない訳です。