Of Montreal
昨日の晩、ふと西の空を見たら何かが落ちたんです。雰囲気、しけった花火でした。緑色に輝きながら空中で燃えつきました。よく考えたらまだ誰にも言ってなかった。ずっと誰かに言ってやろうと思っていたのに結局誰にも言わなかった。
日本で唯一の本格グラム・ブログmars a-prioriが2007年に"Of Montreal"のこと書かなかったらやっぱまずいでしょ。ね、ジャケもこのブログのデザインにマッチしているし。でない?ね、やっぱ2007年のベストでない?彼が"Of Montreal"ならば、わたしは"Of Ontario"だったりします???ちゃんと、あるべき音があるべき場所にあるでしょ。線や点も同じですよ。それら自身が自らの存在を欲するのです。「宇宙はどうして存在したの?」「それ自身が存在を欲したから」と言うしかない!知ってます?何も存在しない真空の世界にもエネルギーの存在は確められている。存在への渇望が宇宙のいたるところで今この瞬間にも、小さくスパークしている。太平洋のど真ん中で撃沈したオッド・ジョンも、深海の底からまだ信号を送り続けています。彼は、大きなくもの巣に引っ掛かった、人間の言葉にならなかった言葉を操りはじめる。
わたしの今一番気に入っているのは9曲目"Faberge Falls for Shuggie"。オーバードライブなローズ・ピアノがなんとも言えません。こんなのあったようななかったような。それを顕著な表出として実現させるのが芸術なのですよ。ポロックのドロッピングもデ・クーニングの「引きちぎる線」も、この世にあり得ないエイリアンの偶然ではないのです。いちばん古典的な人間の本能に語りかける線なのです。突飛で奇怪でキワモノ・アブノーマル・プレイが芸術、というのはもう止めましょう。"Of Montreal"もグラムでサイケなキワモノ?ではないですよね。音を線や点の代わりにして、見事に作りこんでいる造形芸術です(シュールとか、マニエリスム的エピゴーネンではなく『造形』という言葉がピッタリです)。NHKの日曜美術館ではないのだから、絵の裏側を読み取るのは止めましょう。絵は読むものではなく見るもの、音も読むのではなく聴くものなのだから。・・・そうすればきっとオッド・ジョンの信号が聞こえてくる。







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Charles & Eddie/ Duophonic
