日本史必修化
神奈川県教育委員会は14日、学習指導要領で選択科目となっている日本史を、全県立高校152校で必修にすると発表した。(2008年2月15日 読売新聞)
だそうです。自分で確立できていないアイデンティティを他のもっと大きなものへの依存によって補いたい。依存や寄生によってしか自分の存在を確立できない。こんな大人が一杯いるのですね。たとえそれが虚構で、空想の世界であったとしても皆で信じ込めば真実に変わる。「美しい国」ばんざい。「国家の品格」ばんざい。大人の塗り絵がんばってね。
神奈川県教育委員会は14日、学習指導要領で選択科目となっている日本史を、全県立高校152校で必修にすると発表した。(2008年2月15日 読売新聞)
だそうです。自分で確立できていないアイデンティティを他のもっと大きなものへの依存によって補いたい。依存や寄生によってしか自分の存在を確立できない。こんな大人が一杯いるのですね。たとえそれが虚構で、空想の世界であったとしても皆で信じ込めば真実に変わる。「美しい国」ばんざい。「国家の品格」ばんざい。大人の塗り絵がんばってね。
大晦日の晩、一人寂しくワインを飲んでいます。コップ二杯目だけど、もう吐きそうです。今日ようやっと休みになったんですよ。で、朝一でカナダの元女房のところに電話したら、これまた今年一年を象徴するような最悪の電話でね。なんというか・・・「これが人生なの?」って叫びたい・・・。
最近ずっとダイエットしてます。夕飯食べてません。結構我慢できるものです。夕食って本当に必要だったのか?もう一度問い直してます。多分若い人たちには必要です。でもわたしのようなおオジゲにとっては一番要らんもののような気がしてます。わたしこれでも毎日6キロ程度はウォーキングしているんですよ、かれこれ一年半近く。ところが体重はまったく減りません。それどころかこの冬、さらにお腹がモコモコ出っ張ってしまった。ということは確実に余分なカロリー摂取があるわけです。よく考えれば「めっちゃお腹すいたから夕飯食べよう」ではなく仕事が終わったから「さて、夕飯でも食べるか」だったんですよ。ということは夕飯は別に要らなかったのですよ。多分ね。
おっと、もうすぐ2008年に突入ですね。ちょっとここで更新。・・・この後続き書きますね。
ということで「明けましておめでとうございます。」2008年突入です。
・・・てな感じで、美容院で山田さんにもダイエット話ししていたわけですよ。彼女も最近ダイエット中とのことで結構話が盛り上がったかな・・・。ところが、変なパチンコ・ガイが突然現れ山田さんを横取りされてしまった。そのパチンコ・ガイがわけ分からない。パチンコなんか滅多にしない、たまに親父に連れて行ってもらうだけだ、などと言いつつ、めっちゃパチンコに詳しいんですよ。「釘が0.1ミリ違うと云々・・・あのパチンコ屋のコーヒーは云々・・・」。どう考えてもお前パチプロだろう、と傍から言いたくなってしまう。そいつが喋くりまくりで、完璧に山田さんを独り占めされてしまった。あ~。何なんだろう。。。
そんなものですよね、人生。・・・結構です。わたしはわたしで地道にダイエットし、地道に英語を勉強し、地道に絵を描きます。
どうか皆さんの一年が良い年でありますように。
"different"は「異なった」「独特の」という意味ですね。だとすれば、その言葉に"in"という否定の接頭辞が付いた"indifferent"は「異なっていない」すなわち「同じ」となるはずです。しかしそうではありません。その言葉の意味は「無関心な」「冷淡な」「どうでもよい」となります。
多分実際の言葉の成り立ちとしては、二つの物に差異があるかどうかによって起きたのでしょう。
例えば、今眼の前に二つのパンがある。それを二人の人間が食べようととしている。しかし、あきらかにそのパンには量的に差異がある。この場合は二つのパンは"different"「違う」となるわけです。二人の人間はパンの取り合いのため、戦いを始めるかもしれない。一方その二つのパンが量的に差異がない場合は「差異がない」→「どうでもよい」となる。二人は戦いをしない。そして実はこれが"indifferent"肯定派の論拠でもありますね。差異は良くない。当然です。しかしそれを無くすためにどうするかということなのです。わたしが思うに彼ら、論理的に一つ飛び越えてしまっている。これって現代社会を表出する陥穽な気がします。当然誰しも差異は嫌です。平等に物を分け合えば戦争は起こりません。だったら差異を無くすよう努力をすればよい。多分世の中「同じ」、あるいは何かが公平に分配できるなんてことないでしょう。しかし分配の努力は無駄ではないはずです。しかし彼らはそれを飛び越え「どうでもよい」肯定になってしまう。わたしが言及していることわかります?例えば社会主義、資本主義の二大イデオロギーの現状に近いですね。片方が実践として頓挫してしまったために、もう一方に全ての重心が移行してしまう。しかしその一方もはなから充分に完結できる体系ではなかったのです。よってミディオーカーはいつでも一番安易な道を進むことになる。
今挙げたのは人対物の例ですが、人対人の例はもっと面白いです。人間には本能として「群れ」があります。
人間は他者と同じであることを本能的に望むのです。それによって男女は結ばれ家族ができ社会ができる。しかし実際は他者と自分が同じになることはあり得ない。"same"はあり得ない。同一だと望む人間ほど傷つくことになります。よって人は傷つくことを回避するがゆえに"different"のもう一つのアントニム"indifferent"を選択するしかなくなるのです。わたしが思うに自己を確立していない人ほどこの傾向は強くなる。例としてはいまいちですが、イージーライダーが撃たれたのは彼らが麻薬を吸ったからでもお金を盗んだからでもないですよね。彼らは、彼らを撃った南部の青年から見て単に異物だったからです。異物に攻撃をしかけるのは差異に対する脅威から起きるのです。発生においては"indifferent"の冷淡さと同じ場所、すなわちアイデンティティーの薄さです。
世論というのは、戦争責任者、独裁者、巨悪、等々個人としての悪に焦点を当てたがるものです。しかし個人の悪の力など実は微々たるもので、それを支えているのは社会の"indifferent"派だと思えるのです。世論というのがまた曲者でね、ときに"indifferent"派そのものの意志であったりする。エンデの世界で言えば「無」や「灰色の男達」、あるいはどこかで聞いたブルーミーニーズのような観でしょうか?荒唐無稽ではないですよ。かなり強い力です。だからわたしは国民投票制も反対なのです。人間の科学はこれほどまでに進歩したのに、何故新しい、お金や富の分配に関する体系はできないのでしょうか。個人や個性の差異は当たり前に尊重し、物質的な所有の差異はなるべく少ない方向にする。そんなに難しい事でしょうか・・・。
まずMarsRadioとFree Music Zillaをダウンロードしましょう。MarsRadioはインストールの必要はありません。Free Music Zillaはインストールしてください。
Free Music Zillaの設定をします。Tools>Preferences>MonitoringからCustomにチェックを入れ"Browser..."ボタンからMarsRadio.exeのファイルパス(場所)を指定します。
その後Free Music ZillaをリスタートしMarsRadioも起動してください。曲が始まると下図のようにFree Music Zillaのインターフェイスにファイル名が現れます。あとはチェックを入れDownloadボタンを押すだけです。ファイルの保存場所は事前に設定しておきましょう。ダウンロードされるファイル名は数字の羅列だと思うので何をダウンしたのか忘れないようにその場で曲名、アーチスト名はメモっておきましょう。フリーソフトですが、ダウンロードは1日10ファイルまでの制限があります。
MarsRadioは結構幅広くジャンル分けしてありますから、聴きながら気に入った曲があれば、その場で録音感覚でダウンロードできてしまうということなのですね。MarsRadioはさて置きFree Music Zilla、実に優れものです。本家サイトを見ていただければ分かりますがLastfmだけではなしにimeem, MyspaceやRadio.blog.club等々のmp3を流すサイト(Social Music Service)にはほとんど対応しています(手に入りにくいインディー系のアーチスト達は必ずMyspaceで曲を流していますものね)。さらに実は、YouTube等のflvファイルもダウンロードできたりもするのです。
・・・ただし、ダウンロードはあくまで自己責任です。
どうです?「めっっっちゃ」でしょう。こんな演奏しているとき人間の脳ってどうなっているのか、ちゃんと電極付けて計測してみるべきですよね。多分・・・きっと、あまり動いていないんですよ。こんな演奏しているときに限って脳の中は静まりかえっている。きっとそう思います。きっとね。ところでこれって誰だ?・・・曲はジミヘンの"Little Wing"ですよね。つーか曲が分かった人なら3割の確率でご存知か?はい、Monte Montgomeryですね。鳥肌立ちまくりのプレイですものね。彼に関しては改めて記事書きます。今回は音楽の記事ではないのです。この映像を流すために使ったフラッシュプレイヤーの事なのです。(注: サンプル映像はYouTube画質の半分に落としてあります)
以前xspfplayerというhtml埋め込み用フラッシュプレイヤーを紹介したのですが、パソコンの世界は日進月歩、あれはあれで凄かったのですが、さらにこのプレイヤーは進歩しているのですね。このJW Media Playerは音楽ファイルだけではなしにMP3, FLV, SWF, JPG,更にはRSS, XSPF and ATOMのプレイリストに対応しています。注目すべきはFLVですね。ということはYouTubeから落としたファイルが自分のサイトにアップできるのです。もちろん「YouTubeからそのまま引けばいいんじゃねーの」という意見もあるでしょうが、それだといつかはデッドリンクになる可能性があるのですよ。これぞという映像は自力で載せたい場合もあったりします。今回のサンプルはシングル映像ですが、XSPFでプレイリストを書き、それを読み込めばプレイリスト付き、要するに映像をいくつも切り替えられるフラッシュプレイヤーもできるのです。
とにかく機能豊富です。ここだけではとうてい説明つきません。外見的にも今回わたしが使ったような、わりとおしゃれな感じも可能です。さらにダウンロードしたファイルにはリソース用のflaやasも入っているのでオープンソースしちゃって良いという事なのでしょう。(ただし商用はライセンス契約が必要です)
ん~あまり親切ではないのですが、あとは自分でサイトに行って良く説明読んでもらうしかないかな。わたしもまだあちこち目を通していないので確かなことは言えないのです。例えばそのサイトではJW Mp3 Player, JW FLV player, JW Media Playerと JW Image Rotatorがダウンロードできるのですが、JW Image Rotator以外はプレイヤーとしては同じ物かも?だからタグ内flashvarsというコードのパラメータがあんなに山ほどあるわけ?それによってプレイヤーの振る舞いが変わるようになっている?というようにクエスチョン多いのです。さらに、関係ないのですがそのサイトのページランクをふと見たら8だったりです。しかもどのページに飛んでも。多分個人のサイトですよね。ん~分かりません。
MP3プレイヤーと画像ローテイターのサンプルも作ってみました。
JW Media player MP3 sample
JW Image Rotator sample (transitionパラメーターはrandomにしてあります)
JW Media Player:
http://www.jeroenwijering.com/?item=JW_Media_Player
JW Image Rotator:
http://www.jeroenwijering.com/?item=JW_Image_Rotator
readme:
http://www.jeroenwijering.com/extras/readme.html
setup wizard:
http://www.jeroenwijering.com/extras/wizard.html
swfobject:
http://blog.deconcept.com/swfobject/
追記 フラッシュの埋め込みをhtmlの<object>や<embed>からjavascriptのswfobjectに変更しました。12/2
今日見た華やかな文様はセブンイレブンの東京ぼん太でした。半径5m以内は強烈なオーデコロン臭で、むせるような息苦しさを感じました。腕から首にかけてしっかりと分厚い線で彫りこまれた唐草文様は本人の内面存在とは裏腹にかなり強烈な個性をかもし出していました。多分本人様は自分が東京ぼん太である、ということには気づいていらっしゃらないんですね。通例のごとく単にマテリアルとして存在する若い女も随行していました。
何故にそこまで自己主張しなくてはいけないのでしょうか?あるいは音楽活動や芸術活動で自己の存在をアピールする手段はないのでしょうか?やはりコンビニなんですよね。どうもその手の空しい自己主張をおこなう若者、わたしから見るとコンビニにつながる。わざと他人に聞かせるためか必要以上に大きな声で会話する若者。靴を引きずって歩きけっこうなノイズを立てる、あるいは下駄を鳴らして歩く若者。
いまだに平成(昭和?)バブルの文化遺産です。閉ざされた空間の中で土地転がしをし実質価値ではない物の価値が、まかり通ってしまう。意味内容としてはそのものです。24時間営業で無意味にエネルギー消費をし、食べ物を大量廃棄し、posシステムでまったくポリシーを持たずに売れる物だけを店に置くコンビニエンス・ストアー(知ってます?コンビニって最初から廃棄分も含めた弁当発注をしているのですよ。)=コンビニに集う若者達=亀田家(=TBSあるいはテレビ局全体)。大雑把ですがこの辺のライン、つながりますね。例えばテレビ局はもう終わっている問題なのにこれでもか、これでもかと亀田家を露出させて迫ってきますものね。正直オーデコロン臭で、むせたときと同じ気持ちになります。若者は自分の内面存在があやふやな程に外面存在を主張しなくてはならない。多分テレビ局自体がもう自分たちは終わっている事に気づいているのかもしれません。
欧米化って、もうギャグとして終わってる?「欧米化」なんて言葉、よくギャグになりましたね。もう100年前に終わっていそうな言葉だけど、そのギャップが面白かったのかな?(書き終わってから気づいたのですがあのギャグは『欧米か?』でしたよね。お恥かしい。
)ただ、わたしの意見として実は本当の欧米化って、全然終わっていないです。むしろこれからではないかと思うのですけど。
大雑把に言うと、日本には歴史的に大きな欧米化が2回ありました。黒船来航後の明治維新と昭和30~40年代の高度経済成長期です。で、おそらく多くの人はこんなふうに思っていますよね。「日本はとうに欧米諸国と経済的にも文化的にも同じかそれ以上に達している、すでに先進国としてはピークを過ぎた。」さらには、「ただしそれらは表面的な部分であって、精神的には日本人は日本人であり儒教徒兼仏教徒であり農耕民族だ」と。。。はっきり言いましょう。多分その精神的な部分も変わらなければならない、それがこの次に来る本当の欧米化だと思います。「何を根拠のない事言ってるんだ」そんなふうに思われるかもしれません。でも日本人はもうルビコン渡っちゃたんですよ。避けられないと思います。
で、根拠なのですが、それはここ10年近く続いているあり得ない数の自殺者です。平成10年から毎年30,000人を大幅に超えています。欧米化すると自殺者が増える?そうではありません。多分欧米化への顕著な過渡期なのです。経済的、文化的な部分と精神的な部分のギャップ(歪)が、これ以上耐えられないストレスとして現れてきたのだと思います。もちろん不況のせいもあるでしょう(一部の金持ち連中にとってはずっと好景気らしいですけど)(あと、小泉って何が改革なのでしょう?えせ構造改革ではどうにもなりません)。だって実際日本はもう農耕民族の国じゃなくなっているでしょ。以前の日本の社会的構造は「日本人は肉を食わない民族」の上に成り立っていたのです。確かにそれで昭和40年代の高度成長期はうまくいった。でも、もはやそれでは通用しない時代に突入したのだと思います。たとえば今現在フリーターやネットカフェ難民が問題視されますけど、彼らはやはり必然と生まれたのですよ。若者よ考え直せ、ではないです。きちっと哲学や政治を学んでこなかったインチキ学者や政治家よ考え直せ、です。いまさら終身雇用制を復活させてとかいう意見、正直あり得ません。
わたしの経験で言うと、西洋人(特にアメリカ、カナダ)と日本人との根本的なものの考え方の違い、それは「変化」に関することです。"A rolling stone gathers no moss." 一方日本では「苔のむーすーうまーで」となるわけです。もちろん誰だって変化は嫌ですよ。それについては西洋人も日本人もありません。ただ彼らは知恵を持っていた。ローリング・スートンというのは変化を受け入れ是認するための知恵なのです。農耕民族なら一箇所に留まり変化を受け入れる必要性はなかったでしょうが、彼らは狩猟民族や遊牧民族で変化を受け入れなかったら生きて行けなかったのです。日本にはこの変化を是認する哲学と、そうするために作られた社会構造がないのです。実際、今身の周りにある生活はどう見ても東洋でも日本でもなく確実に西洋なのですよ。社会構造の一部表面だけが西洋化され、根本の部分が置きざりにされてきた。でもそれがいよいよ行き詰まってきた。職業、結婚、家族、今までの一様の在り方で想定しても通用しなくなってきた。
(あの。。。自分にしては、長く書き過ぎてるかも。ちょっと結論急がせてもらいます。)
要するに「変化」と「多様化」を根本の原理としない社会や構造体は終了する。そんな見通しなわけです。(プラスチック・バッグを消費し続けるセブンイレブンは確実に終了する、のと同じです。)実社会がどんどん変化しているのにその受け皿となる社会の構造、制度ができていない。それを導く政治家がまったくいない。例えば求人雑誌に「社員平均年齢25歳のフレッシュな会社です」なんて書いてあるのは「わが社は年齢差別をする会社です」と書いてあるのと同じなんですよ。その場で、「はい終了」です。雇用制度、公務員制度、社会保険、教育、まだまだ相当な部分で欧米化が必要になると思いますよ。
array, allay, ally, alley これらの単語の違い分かります?多分まじめに英語に取り組んできた方なら誰でも分かる。でもわたし、未だに意味もいい加減だし、発音もひじょうにいい加減です。この程度がもはや、自分の限界点なのでしょうか。。。
面白いもので、中学生で英語が苦手な子の共通点は these, those, there, their, they'er 皆この辺の単語の違いが分からない。もっと厳しい場合は this, that ,it の違いも分からない(この辺になると日本語の問題かな?)。昔、荒井注(ドリフターズ)のギャグで "This is a pen!" なんてのがありました。あの頃は小学生でも this の意味を知っていたのです。要するに言葉って、どれ程慣れ親しんでいるかって事なんでしょうね。例えば、初めてある双子の兄弟に会ったとして、最初違いは全然分からない。でも親しくなれば間違える事などまず無くなる。むしろ、「どうやったら間違えるの?全然違うでしょ」ってな感覚になる。そんなものなんです。
それから最近の中高生ってほとんど洋楽聴かないですね。昔はクラスの中にツェペリン派とかビートルズ派とかいて何故だか対立したりしていた。下手すると今でも対立してたりする。ところが今どきホワイトストライプ派とスフヤン派の対立?とか聞いた事ないですもの。前に女子高生に洋楽の事尋ねたら、どうやらストーンズ、レッチリ、グリーンデイが同一線上なんですよ。どうもついて行けなかった。逆に言うと、洋楽を聴かないのにもかかわらず英語を勉強する今の中高生って、実は立派なのかもしれません。
つーかようやっと更新してます。最近何なんだろう?そんなに忙しかったか?
つーか色々言いたい事はあるんですよ。亀田家の事とか(あれはテレビ局が悪いよね)、小2生刺殺事件の事とか(弱者が弱者を狙う事件です。そういうのって全部社会の歪ですよね)。...とり合えず今日はここまで。
われながらアイデア的には五つ星だと思うのですが。。。ちょっと(いや、めっちゃ)作りがいい加減かな。つーかあくまで自分専用に作ったわけですよ。要するにLast.fmフラッシュ・プレイヤー専用のブラウザですね。でも結構工夫しているんですよ。Last.fmのタグを利用して色んなジャンル聴けるようにしてありますから。さらには、アカウントのある人なら自分のユーザーネーム入力すればいつでも自分自身のラジオ局聴けます(3人分まで登録できます)。最近USBメモリー用のポータブル・アプリケーションって流行っているじゃないですか。これも持ち運びできるようにセッテイングファイルは実行ファイルと同じフォルダー内に自動的に作られるようにしてあります(当然、インストールの必要もないしレジストリも汚しません)。確かにLast.fmのユーザーの方だったら専用のアプリケーションをインストールしてあるでしょうが、あれを起動するのって結構...ですよね。
MarsRadio : download
注: 有料アカウント(subscriber)を持っていなくとも自分のラジオ局は聴けます。"This feature is only available to subscribers"という文言が出る場合は一度Lastfmのクッキーを削除してください。
(昨今の『ダウンロードに関する著作権法改正案』に対する部分もちょっとあるかな。国が個人の権利に介入するのはおかしいですよね。もちろん正しいか正しくないかの判断はあるでしょうが、それは利害関係者が民事で争えばいい事ですよね。例えば中国のパクリ・キャラクターは当然問題でしょう。世界標準ではないですよね。でも日本も実は世界標準ではないですよね。日本のLast.fmのサイトと他の国のLast.fmサイトの違いを見れば一目瞭然です。日本の文化って伝統的に『個人の権利ありき』ではなく『規制ありき』『団体意思ありき』なんですよね。)
日本人の中でどれだけの人が「テロとの戦い」しているのでしょうね?
安倍ちゃん、最後の記者会見までチンプンカンプンでした。日本テレビあたりがたまに「テロとの戦い」なんてまじめにニュース字幕出すんですよ。それを見るとドッと疲れが出る。例えばわたしを含め、わたしの回りでテロと戦っている人...誰もいないのですけど。仮想敵を作って集団の士気高揚って、手段として古過ぎません?だいたい総理大臣(次期総理を含め)がそれを言うと日本は本当にテロの標的になりますよ。だって相手に敵だと認定されたらテロ側だって「上等だコラー」ってなるでしょう。今でも思い出します。あの9.11以前のブッシュの大統領就任演説。「これからはテロとの戦いだ」って明確に宣言しちゃったんですよね。あのとき、「あーこのボンボン恐ろしい事を言っちゃったな」と思いましたよ。世の中に本当に「今この時代はテロとの戦いなんだ」なんて思い込んでいる人がいたら、その人は自分自身の「無知」や「弱さ」と戦った方がいいのではないかと思うのですけど。
皆、何に対して戦っているのか?(わたし、『戦い』は好きでないので、『格闘している』程度でいいかな)日々格闘しているものってだいたい同じだと思うのですけど。アメリカの若者が兵隊になった理由も、イラク人がアメリカを憎む理由も、日本人が間違った向上心を持つ理由もだいたい同じ部分だと思うのですけどね。。。
どうも好きになれないのよ。日本史教科書って歴代権威を褒め称える日本教の経典かな。まず学問としてのバックグラウンドが怪しいでしょ。知ってます?古事記や日本書紀の原典ってこの世に存在しないんですよ。それからあの古語って怪しい。だって例えば明治時代と現代で言語がいかに変化したかを考えてください。なのに平安時代と江戸時代で同じ古語辞典を使って調べものができるってそんなのありでしょうか?
大塩平八郎や百姓一揆がネゲティブな社会悪として描かれ、人を殺しまくった戦国大名やキムジョンイルの比ではない徳川政権は美化され、それこそが日本の歴史と描かれているわけですよね。日本人の権威主義気質がいかように養われてきたかが良く分かります。NHKの大河ドラマって何?松平アナウンサーって何?いじめが減らない理由良く分かります。保守派政治家は道徳の時間をもっと増やせとうるさいけど、どうやら連中 moral(道徳) と morale(士気)(しかもこの場合あの連中が指しているのはどう考えも group morale) の違いも分かっていないんだよね。
権威を褒め称えるのは学問ではないよね。だったらもっと美術の時間とか増やして子供にしっかり物を見る練習をしてもらいたい。人間の目がいかに錯視だらけかとか。人間の眼はその仕組み上、暗闇に勝手に物を見てしまう。でも暗闇にはお化けはいないんだ、とか。例えばアメリカのブッシュという大統領は物が良く見えないために暗闇に自分で敵を作り出し何万もの人を殺してしまったとかね。
It seems to me that the disillusionment which so many experience is not due to a failure of the principle of democracy as such but to our having tried it the wrong way. To avoid disappointment, of course, any ideal has to be approached in a sober spirit; and in the case of democracy in particular we must not forget that the word refers solely to a particular method of government. It meant originally no more than a certain procedure for arriving of government ought to be.多くの人が経験する(民主主義に対する)幻滅は民主主義それ自体の原理の破綻に起因するのではなく、わたしたちがそれを間違った方法で運用してきたせいだと、わたしには思える。もちろん失望を避けるためには冷静に何らかの目標に近づこうとされるべきだろう、ただし、とりわけ民主主義の場合、わたしたちはその言葉はたんに政治の一手法を述べているという事を忘れてはならない。それは当初から、政体が到達すべき場所へのある手順を意味していたにすぎないのだ。
大学受験問題集より(わけ分かりません。こんな問題高校生に解かせるか?高校生って英語を勉強し始めて6年しか経ってないんですよ。英語年齢まだ6歳ですよ。まず単語をクリアできないでしょ。文法も厳しいよね。さらにこの内容。)
と、日本の英語教育の馬鹿さを嘆きつつ、この引用でも言われている通り「目標」と「方法」が分かっていない連中が多過ぎると嘆きます。
民主主義って単に手法なんですよ。それを目標とするのはおかしい。「民主主義実現の為にファッショもやむを得ない」ではおかしいでしょ。外山君。「民主主義に失望する」のもおかしい。何故なら民主主義は実現すべき目標ではないからです。「フランス革命により民主主義は勝ち取られた」でも、勝ち取られたのは単に手段なのですよ。昔はその手段さえ無かったのですから。目標を設定するとすれば多分それは国民の福利、自由、平等、平和等ですよね。もし民主主義が目標ならそれってまだ民主主義の手法がない社会って事ですよね。民主主義たてまえで国民の利益や自由、平等が害されるなら、それは何か根本がおかしい。
それから今挙げた平等という言葉が逆に上手いように「手段」に使われてしまう。「学校ではどの子にも平等に教えます」「税金は平等に徴収します」...手段を平等にしても結果が平等にならなきゃ意味ないでしょ。腎臓の機能が良い人にも悪い人にも平等に透析をしますか?糖尿病の人にも、でない人にも平等にインシュリン注射を打ちますか?それから、最低限の平等じゃだめですよ。それこそ機会均等は実現したから、民主主義は実現したから、なんていうお役所仕事の嘘理論になってしまう。「国民が高い水準で平等に生活できる」...目標ってそうあるべきじゃないですか?
YouTubeで面白いものを見つけました。
"Did You Know; Shift Happens - Globalization; Information Age" 動画を開く
中国の人口25%の最もIQの高い人たちの数は、北アメリカの総人口を上回る。インドでは28%。中国はまもなく英語人口で世界一番になる。
アメリカのインターネット普及率は世界で20位である。(ルクセンブルクにちょうど抜かれたところ)
任天堂は2002年に1億4000万ドル以上を研究開発費に投資している。アメリカ連邦政府が教育の研究導入費に使ったのはその半分以下である。
去年アメリカの8カップルに1つはオンラインで知り合い結婚している。
毎月27億以上の検索がGoogleを使って行われている。 B.G.に(Google以前)これらの質問は誰にされていたことになるんだ?
...
後半の技術革新やその予言についてのことは省略します。(多分この映像が作られたのは数年前でしょう。ということは技術革新についてのことは、この映像自身が言っているように内容はすでに時代遅れということになる。)
アメリカとアメリカ人の馬鹿さについてはもう分かりきっています。第三次世界大戦が起きるとすれば必ずそれはアメリカ人のせいです。自己肯定しかしない彼らの知的レベルの遅れのせいです。まぁ、ほとんどの日本人も同レベルですけどね。面白いのは"B.G."という表現ですね。確かに、インターネットで検索して情報を手に入れる以前の時代ってどんなだったけ?と思います。わたしの場合図書館で調べる以外方法無かったな。で、だいたいの場合、分からずじまいで泣き寝入りでした。あるいはテレビのいんちきネタを盲目的に信じ込んでいました。(いまだにそういう人は多いかな)インターネットの情報の蜘蛛の巣がやがては脳細胞のように地球を覆いつくして...確かにそういう時代に踏み込んでしまったのだから何らかの変化は起きるのが必然でしょう。
国道50号を走っていたら「8月は道路ふれあい月間」と電光掲示板に流れていました。この暑いのに道路の上でみなと触れ合うのか?あるいは灼熱のアスファルトにタッチして我慢比べでもするのか?色々と考えてしまいました。
簡単な論理学です。
(命題) 軍隊とは → 軍事力(武力)を行使する武装組織である(逆) 軍事力(武力)を行使する武装組織は → 軍隊である
(裏) 軍隊でなければ → 軍事力(武力)を行使する武装組織ではない(対偶) 軍事力(武力)を行使する武装組織ではないなら → 軍隊でない
論理上、命題が真の場合は対偶も真です。自民党の改憲案をご存知か?彼らは憲法9条の戦争放棄(武力行使の放棄)はそのままに自衛「軍」を持とう、と言っている。でもそれは論理学上、頭悪いんです。憲法が頭悪いと国民全体が頭悪いと思われてしまいますよ。
それからよく言われる「国だから軍隊が必要だ」という理屈も極めて数学的ではない。
国ならば → 軍隊を持つ
十分条件 必要条件
でもね、十分条件必要条件が成り立つのはあくまでその命題が真のときのみです。元の命題は全然真ではないでしょう。先例と同様に対偶を使うと「軍隊がないならば国ではない」ということになってしまう。現に今まで日本国は、客観的にも主観的にも概念的にもしっかりと国だったはずです。「~が必要」と必要条件に見える錯覚を起こさせているだけなのです。
It doesn't matter even if you tell me her shoe size in US Customary units or in Metric units, be