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January 30, 2005

Dexys midnight runners

click hereDexys midnight runners/Too-Rye-Ay
all in all
1stの"searching for the young soul rebels"の方がいいって言う人の方が多いと思うのだけど、自分はこっちの方が熟してて良いと思うのだけどな。この素肌の上にオーバーオール・ファッション、初めて見たときは「何じゃこれ?」なんて、だいぶ違和感があったのだけど、サウンド的には「おしゃれ」そのもの。おしゃれってスルって行っちゃうと、ただスルって、それで終わっちゃうんだよね。何か最初にゴリって違和感があった方が本物になる可能性あるよね。

January 28, 2005

Adam Ant

click hereAdam Ant/wounderful
won't take that talk
そうです。あの"Don't drink, Don't smoke, What do you do..."のAdam Antです。もうアダム・アンツなど誰も見向きもしないはずですが、彼がおやじになったら止め処も無くセクシーで、まぎれも無くrockだったというお話でした・・・。いいんです、誰も知らなくて。

January 26, 2005

5000yen

他人の絵はなるべく批判したくないのだけど、あれは批判されて当然でしょ。だってひど過ぎる。いくら凹凸の無い顔を描いたとしてもああはならない。どういう事かというと立体として成り立ってない。根本的なデッサン力の欠如だと思う。だいち、もとのモデルはかなり目鼻立ちがしっかりした美人だよ。はっきり言って日本の恥です。
ichiyou
絵の方もスキャンして載せようかと思ったのだけど、勇気が無くてできませんでした・・・そんなんでいいのか、国家権力!

January 25, 2005

Harmann grid

scintillating grid
scintillating grid illusion

Hermann grid
Harmann grid illusion

Do you see the gray spots at the intersections? If you stare directly at any one of them, it will disappear. Why? "scintillating grid illusion" and "Harmann grid illusion" are the optical illusion which are called "grid illusion" as the generic name and have the almost same effect and cause. At the intersections, there is light coming in from all four sides, but in the white band, it is surrounded by two dark sides.
This leads to a physiological mechanism called lateral inhibition, which has the effect of causing a bright surround to an area appear darker and, conversely, a dark surround will make an area appear lighter.

「シンティレイト(閃光)錯視」、あるいは「ハーマン・グリッド錯視」はほぼ同じ効果と理由によって生じる錯視。格子の交差部に暗い点があらわれるのは「側枝抑制」という知覚機能が働くため。交差部では四方からの白線のため、すなわち回りが明るいため交差部自体が暗く見える。逆に黒い四角形の間の白線は両側が暗いため、明るく見える。lateral inhibition(側枝抑制)については後で説明するが、人間の視覚はこのように絶対的なトーンや色、または形を捉えているのでなく、対象を関連として捉えているのだ。

January 24, 2005

you can't catch me.

click hereChuck Berry/Anthology
you can't catch me
はい、こちらは似ているというより、そのものです。
http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Stage/3797/The_Beatles.html

January 23, 2005

Kathy's waltz

ちなみに・・・

click hereThe Dave Brubeck quartet/Time out
Kathy's walts
beatlesの"all my loving"がDave Brubeck quartetの"Kathy's waltz"に似ていると思うのは自分だけでしょうか?

click here

January 22, 2005

哲学者からの手紙

「百聞は一見にしかず」などと言うが、その「一見」の確からしさはどの程度のものなのだろう?
以下は「錯視の広場/哲学者からの手紙」
http://psywww.human.metro-u.ac.jp/sakusi/index.htmよりの抜粋。

世界の話を哲学者がするのは気が狂ったときか、死ぬ間際かのいずれかだと思うけれど、あえて、言えば、宇宙は、霧のように姿をもたない実体だ。僕らは、それに認識の光を当てる。そうすると、世界は、ある形になって見えてくるけれど、光の当てかたによって一様にはならない。
それはあたかも、三次元の物体を二次元の平面でスライスするようなもので、当の物体の側面はとらえることができるかもしれないが、それは世界の本性にはならない。
我々は数千年の間、世界のあり方を見つめてきた。そこには幾重にもなった時間の層があり、歴史の中の重みがある。
しかし、それは、霞をつかもうとする森の人の姿とどこか似ている。 世界に姿はない 霧の空間は 認識というレンズの背後で静かに像を結ぶ。

確率のことを難しい言葉で「蓋然」という。蓋然の蓋とは人間の頭蓋骨を指す。そしてその形からドーム型の半球をあらわす。人間はその自分達が作ったドーム型の「確率」の世界でただ右往左往しているだけなのではないだろうか?

January 20, 2005

Craik-O'Brien-Cornsweet illusion

図1
図1

The Craik-O'Brien-Cornsweet illusion, also known as the Craik-Cornsweet illusion and the Cornsweet illusion, was discovered by Tom Cornsweet in the late sixties. If the entire region to the right of the "edge" looks slightly lighter than the area to the left of the edge, then you are experiencing the illusion. Of course, as those familiar with the presentation of optical illusions may have guessed, the brightness of the areas is exactly the same, as we can see if we black out the region containing the "edge".

図2
図2

The following picture shows the actual distribution of luminance in the picture, and the typical perception of luminance.

図3
図3

The above content are from Wikipedia.


「クレイク・オブライエン・コーンスィート錯視」、これはマッハ・バンドと伴に画家にとっては最も大切な錯視の一つかもしれない。実際、描くときこの錯視をテクニックとして頻繁に使うし、また現実世界のこの錯視に騙されていたら、ちゃんとしたデッサンは描けない。確かに画家は事物を関連として描く、(画家だけではなく全ての人間の視覚は「絶対」ではなく「関連」であろう)しかし、いや、だからこの錯視に捕らわれていると全体としてのトーンがつかめなくなる。コップ一つを描いて絵画は成立しない。絵画の成立は他の物との関係を描くときなのだ・・・と思っている。解説すると、まず図1だが、真ん中の境界を境にグレーのトーンが左右で違っているように見えるはず。それがこのクレイク・オブライエン・コーンスィート錯視。実はトーンは左右とも同じ。境の部分を黒で隠した図2で確認できる。では何故違って見えたかというと、境界近くのほんの一部だけを境を強調するためにトーンを変えてあったのだ。左側は暗く、右側は明るくなっている。そのほんの一部分だけのトーンの調整だけで左右全体の色面トーンの変化にみせかけてしまうのだ。図3の上の横線グラフが実際のトーン配分、下の横線グラフが人間の知覚するトーン配分となる。

この錯視、どうやらあまり日本では紹介されていないよう。だいたい自分も美大では錯視全般について、習ったことなど一度も無かった。確かに絵は技であるから理論でどうこうとは簡単にいかない。しかしデッサンを学ぶものなら知っていた方がよい錯視であろう。

January 19, 2005

Kanizsa triangle

Kanizsa triangle

"Kanizsa triangle (figure)" The 'Kanizsa figure' is a closure illusion based on subjective or illusory contours. There seems to be a triangle that covers the coloured circles with its corners. This triangle is created by your visual system.
これは「カニッツァ錯視」といわれるもので、そこに三角形が無いにもかかわらず、見る側が主観的輪郭あるいは錯視的輪郭によって三角形を作り出してしまう、という例。そう、見る側が主観によって勝手に作っているのだ。下手をすると三角形内部の色は背景の白よりさらに明るく見えたりもする。

どうやら錯視にも、こういったように学術的に名前が付いているよう。自分にとっての錯視は、「人間の見る世界」がいかに不完全かの根拠であり、別に名前など(正直言って)どうでもよいのだが、ちょうどいい機会だから今後もいくつか調べてみたいと思う。
自分、「錯視の画家」とか、「騙し絵の画家」とか全然目指していません。ただ人間って何も解っていないのに、この自然界で神のように振舞う。それが嫌なわけです。人間って(自分を含めて)、どうして他人の人生や自然界をコントロールしようとするのでしょうか?・・・・・ゴミをちらすな、人間!

January 18, 2005

orange

背景のイメージを変えてみました。何日かしたらまた元に戻します。
60年代ポップデザイン調といったところでしょうか。yahooのフリー素材でみつけた壁紙を貼っただけです。
orange

Anyway, do you know how I could take this image shot? If you know the logic, you might feel something strange.

January 16, 2005

difficult

自分はdifficultとかdifferentとか言われるのだけど、difficultって何を持ってdifficultなんだろ?
ということで、今の小、中学校の教科書、内容が薄すぎる。文部科学省と中教審様、勉強は物事を難しくするためのものなのですか?そうではないでしょう。方程式を習うのも、X(エックス)を使うのも、グラフや図形を使って考えるのも、物事を簡単に考え処理するためのものでしょ。それを教育を請け負っている側で逆転させてしまって、難しいから削除ではあまりに違うでしょ。そんなことをしたら日本の将来や子供達の将来がdifficultになってしまう。そこらの町のおじさんが「勉強=difficult」という発想をするのならわかるけど、文部省の発想がその程度ならこの国はもうおしまいです。実際、教えるのだって難しくはありません。学校で8時間かける授業を、塾では2時間で教えきってしまう。(時間をかければ良いというものではない。脳の活性には軽快なテンポとリズムが必要です。塾ではそのあと、ちゃんとフォローのための演習を繰り返します。)「ゆとり教育」になってから「登校拒否」や「ひきこもり」が本当に多くなってしまった。1クラスに1人~3人程度は必ずいる。それが現実です。教育を請け負っている側が「難しいからやらなくてOK」の構図をつくってしまった。困難からは逃げましょう、って。実際は困難ではないのに。困難を無くすためのものからも逃げさせてしまったわけですよね。

昔、羽仁五郎の「文部省廃止論」というのがあったのだけど、やっぱりそれが一番いいのじゃないかな?最近、羽仁五郎の本ってどこにも置いてないのだけど、どこに行ってしまったのでしょ?文部省の方々、きっとあなた達ならご存知のはずだ。どこに行ってしまったのでしょうね?

January 15, 2005

que sera sera

que sera sera (mid) [click again to stop]

When I was just a little girl
I asked my mother What will I be?
Will I be pretty?
Will I be rich?
Here's what she said to me

Que sera sera
Whatever will be, will be
The future's not ours to see
Que sera sera
What will be, will be

When I grew up and fell in love
I asked my sweetheart, What lies ahead?
Will we have rainbows
Day after day?
Here's what my sweetheart said

Que sera sera
Whatever will be, will be
The future's not ours to see
Que sera sera What will be, will be

Now I have Children of my own
They ask their mother, What will I be?
Will I be handsome?
Will I be rich?
I tell them tenderly

Que sera sera
Whatever will be, will be
The future's not ours to see
Que sera sera
What will be, will be
Que Sera Sera

click here
Doris Day
click here
Mary Hopkin
click here
Sly&the family stone
 

一定以上の年齢の方は多分、皆さんこの曲はよく知っていると思うのですが、若い人はもしかして、あまり知らないかもしれない・・・。と、いうことで歌詞も載せてみました。映画『知りすぎていた男』(ヒッチコック監督)の主題歌です。凄くいい歌(lyrics)ですよね。
注目はMary Hopkin版とSly & the family Stone版です。メリー・ホプキンの方はアレンジ、プロデュースと、ほぼ全てPaul McCartneyといっていいものです。完全なフォークソング調です。一方スライのは完全な、もろソウル。同じ曲でこうも違うものかと驚きます。

January 14, 2005

「G線上のアリア」コード進行

最初に言っておきますが、自分、音感まったくありません。音楽理論もまったく知りません。ギターを使った適当めちゃくちゃ、馬鹿コピーです。「G線上アリアコード進行」とはkeyをCとすると「C・C/B・Am・Am7・F・(D)・G・G7・・・」と、要するにド、シ、ラと下がって3コードにつながるような進行です。何か名前でも付いているかと思って調べたのですがわかりませんでした。でもこれを使った名曲、沢山あります。知っている部分で列挙します。


  • que sera sera/Doris Day(Jay Livingstone and Ray Evans)
  • America/S&G
  • our house/C,S&N
  • Annie's song/John Denver
  • whiter shade of pale/procol harum
  • Mr. Bojangles/Jerry Jeff Walker
  • I want you to want me/cheap trick
  • Ziggy stardust/David Bowie(イントロ部)
  • dust in the wind/Kansas(変型版)
  • close to you/carpenters(Burt Bacharack)(変型版)
  • I need you/America(変型版)
  • all the young dudes/mott the hoople(David Bowie)(変型版)
  • let it be/beatles(変型版・・・ちょっと違うかな?)

いずれも劣らぬもの凄い名曲ばかりでしょ。以外に少ないのがビートルズ。それからピアノで曲を作る人、エルトン・ジョンやビリー・ジョエルも少ないかも。知っているので逆に作りにくいのかも(わかりません、単なる推測です)。そして以外に多いのがマーク・ボラン。なんとなく雰囲気わかるでしょう!? でもこれを使えば何でも名曲になるとは限らない。自然に出てくるメロディでないとなかなか難しいのだと思います。

January 12, 2005

riddle

ill0034.jpg

この図、あなただったらどう解釈しますか? answer ↓

answer.jpg上の二つの図、実は両方とも三角形ではありません。四角形です。誇張して描くと左の図のようになります。しかし多くの人は図を見たとたんに三角形と決め付けたはずです・・・それは多分あなたが知的な生物だからでしょう。そして色面のパズルを見て面積が合わないと不思議に思った。それもあなたが知的な生物だからです。でもあなたはどこから知的だったのでしょう?最初に図を見て三角形と決め付けたあなたはどの部分に基盤を持って知的だったのでしょう?勘違いしないで下さい。わたしは人間の視覚と認識について言っている・・・。

January 10, 2005

Mr. Bojangles

click hereJelly Jeff Walker/Mr. Bojangles
Mr. Bojangles
click hereNitty Gritty Dirt Band/Uncle Charlie& His Dog Teddy
Mr. Bojangles
自分、この「G線上のアリア」コード進行(keyをCとすると: C・C/B(orEm)・Am・Am7・F・G・G7・・・)に弱いのよね。皆さんもそうじゃないですか?オリジナルはJerry Jeff Walker。でもアルバムはもろカントリーだからちょっと聴けないかも。個人的にはHarry Nilsson のが好き。ニルソンはジョン・レノンが別居中だった時、ジョンと一緒にしょっちゅう飲み歩いていたらしい。デビッド・ボウイもクリスマスアルバムの中で彼のことを大好きなミュージシャンとして挙げていたぞ。Mr.Bojangles はさらにはあのBob Dylanもコピーしてる。さらにさらに、ちょっと怖いけどSammy Davis Jr.とかのもあります。

click here
Harry Nilsson/Legendary
dylan
Bob Dylan/Dylan

ちなみにMr.Bojangles は実在したBill Robinsonというタップ・ダンサー。それからカタカナ表記のことだけど、ちなみに「コード進行」でなくて、「コウド進行」。デビッド・ボウイは「ボウイ」でOK。きっとレコード会社の人が気を使ったのでしょう。それから"boy"という単語は実はボイ。アクセントがあるから伸びるように聴こえるだけ。

January 9, 2005

fire and water

信じて疑いません。彼こそが British hard の真髄です。「ジョンの魂」にも匹敵する程のシンプルさを持ちます。
click herefree/fire and water
fire and water

January 8, 2005

カタカナ表記

英語のカタカナ表記って問題あり。それによってかなり多くの子供達が単語を憶えられなくなっている。さらに日本人の決定的な問題であるところの「発音の弱さ」を作り出してしまっている。確かに、日本語になってしまっているのだから・・・という意見もあるだろうが、やはり日本語ではない。日本語には日本語のちゃんとした別の言葉がある。結果、日本語も大事にしない、英語のもとの言葉も大事にしない、になっていないだろうか?具体的にいうと、(例については数限りありません。当然、例外もあります。)

「エー」と伸ばす表記は殆どの場合誤り。
サンデー× → サンデイ◎
メール× → メイル◎

「オー」と伸ばす表記も殆どの場合誤り。
オールド× → オウルド(ゥ)◎
ダウンロード× → ダウンロウド(ゥ)◎

もとの英語と全く違ってしまっているもの。
ニュース× → ニューズ◎
マトリクッス× → メイトリックス◎


「ブ」と「ヴ」が何故か区別されるようになったにもかかわらず、こちらの方がよほど問題。多分小、中学校はABC・・・の正しい発音については何も指導していないのではないだろうか。Aは「エー」ではなくて「エイ」、Oは「オー」ではなくて「オウ」。まず小学校でローマ字を教える前に、(当たり前の本当の)ABC・・・を教える。そして中学校ではABC・・・をフォニックス(phonetic sound:例えばAは殆どの場合「ア」と発音)として教える。さらにクラス内での音読の繰り返し演習。日本人の発音の一番の弱点、"r"と"l"の違い"th"の正しい発音の徹底。・・・そんなに難しいことだろうか?「英語は文法じゃない」などと言いながら、教科書音読は授業で一回のみなどというのだから学校英語教育は何を教えているのやら。塾にも通っていない子供達は結局、「be動詞」という言葉も知らず、発音もめちゃくちゃ。やっぱ学校教育は崩壊してます。本当に官僚様達に責任をとって頂きたい。

January 7, 2005

about art

ちょとだけ絵のこと書いて宜しいでしょうか。というかそのためのブログなんですけどね。なんか思うに、最近絵の解る人がほんと少ないような気がするんですけど。どういうことかというと、絵が難しい世界に行き過ぎちゃったのですよね。コンセプチュアルとかミニマリスムとか記号論だとか・・・。でもって、その反動として殆どの人が絵に物語性を要求するようになってしまった。こんな事を書いては申し訳ないのですが、それって絵の解釈方法としては最も稚拙なものです。勿論たくさんの人が絵や芸術を愛してくれるのはありがたい事なのですが、さらに芸術に解釈など存在しなくても構わないのですが、・・・例えばNHKの絵の番組などで、どこぞの学芸員か評論家が本気で、その絵の物語性や背景をその絵の全てであるかのように語るのを見ると「あなた本当に絵とか芸術学とか勉強したことあるのですか?」という悲しい気持ちになります。当然ですが普通に絵を好きでいてくださる方々もその解釈法が一番正当なものと勘違いしてしまう。歴史的流れで見ると芸術は中世の時代(芸術が一番保守的だった頃)に逆戻りしているのではないかとさえ感じられます。長くなってしまいそうなのでまた追々こういったことも書きます。

もし絵のこととか本当に知りたい方、この批評家の著作なら信頼できます。
藤枝 晃雄
物語性を追うような芸術家や評論家は信用しないほうがよい。だってそれなら絵でなくて小説でも書いたり読んだりすればよいのですから。

January 6, 2005