写真と絵
自分の絵を写真に撮ると毎回不思議に思うことがある。出来の良い絵ほど写真うつりが悪く、出来の悪い物ほど写真うつりが良いのだ。しかも極端に。何で?要するに写真で撮ると物の出来、良し悪しは均等化してしまうということ?大作で、これは凄い絵なんて自画自賛する時ほど、写真を撮ると単なる絵。逆にだめだこれ、なんて思う物でも写真に撮れば一応絵になるのだ。これは自分がまだ写真を信じ切れない根拠の一つになっている。写真=芸術という観念を当たり前に持つ方には信じられないことだろうが、自分の場合まだ写真を簡単に芸術だとは言い切れていない。確かに文化=芸術の大枠ならそうなるだろうが、芸術=造形とするなら、そのように感じる方も多いはずではないか。それからちょっと細かな例になるのだが、自分は、写真家が人物被写体を写すとき足(footの部分)を平気でカットするのが信じられない。(別に足フェチということではない。笑)もし今アイドル写真集でも手元に置いてあるならば確認して頂きたい。足(foot)は躊躇なくカットされているはずだ。でも絵の世界ではほぼそれはあり得ない。これもまた不思議。
写真は確かに客観を語る。でも客観だけが真実だなんて本当に言い切れるだろうか?今まで人類の歴史の中で、その客観、すなわち科学が何度くつがえされて来たことだろう。そして絵を見る方、画家のタッチを見て頂きたい。画家の筆跡(タッチ)はそのまま、画家の主観をあらわす。その主観があってからこそ、客観は明確に浮き出てくるのではないだろうか。写真家の場合なら被写体に対する思い入れなのかもしれないが、画家の場合ならもっと簡単に言ってタッチである。この場合、構図としては、客観=写真が写された瞬間、主観=時間の継続=写真家の思い入れあるいは画家のタッチ、なんて感じになるのではなかろうか。



