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July 25, 2005

mimicry

Leaf_insectわけ分からんのが昆虫の擬態だ。あの連中どうやってあんなふうに体を変化させたんだ?例えば百歩譲って体の色を変化させるまでは、今までのダーウインの進化論で理解できるとしよう。淘汰としてそういう突然変異種が生き残ったと考える事は可能だ。でも昆虫の中には葉っぱそっくりの形をしたものいれば、花そっくりのカマキリなんてのいる。突然変異であんなふうになるか?徐々に突然変異の掛け合わせにより変化した…と言えない事もないが、単なる突然変異で細部の模様まで変えられるのか?

まず擬態の目的なのだが、確かに人間なら最初に目的を定め、そのためには何をすれば良いという方法を導くだろう。でも昆虫にはそれをするための大脳はないのだ。なのに彼らは目的に見合う擬態の成果を得ているのだ。あるものは「身を守るため」あるものは「捕食のため」あるものは「威嚇のため」。まさに意志として選んだ上での擬態のように見える。大脳が無くても意志が介入するのか?仮に「突然変異→淘汰」即ち試行錯誤そのものを意志として解釈したとしても、最初の突然変異が起きる段階で、何らかの意志選択があるのではないか。でなければ無意味な突然変異は無限大となり、生物としての機能保存あるいは種の保存自体が不可能になる危険性がある。

さらに不思議なのが本能の遺伝だ。殆どの動物が、生まれてからの環境や学習に関係なく遺伝として初期行動を持っている。いわば親からの記憶の遺伝なのだ。DNAの螺旋の中に、そのアミノ酸の結合配列の、一体何処に記憶の保存が可能だというのだろう?例えばアゲハ蝶の幼虫は威嚇のための模様、大きな目を持っている。それは成虫である蝶(親)が空を飛んでいる時に得た情報、即ち大きな目を持っているものは危険(天敵である鳥がそれに近づかないとまで考えたかどうかは定かでない、というか考える筈がないのだがそうなっているのだから不思議)…といった視覚情報が遺伝した結果のはずだ。自在に空を飛ぶことが出来た蝶だからこそ得られた情報の結果とは言えないだろうか。だとすれば視覚情報としての視覚的記憶が遺伝しているのだ。葉や花の形をした昆虫にしても、それは視覚的な記憶による変異なはずだ。繰り返すが一体DNA配列の何処にそんな記憶の保存が可能だというのだろう?

利己的遺伝子(実は遺伝子がそれ自体の保存のために生物の体を利用するという説)を唱えたリチャード・ドーキンスはギリシャ語で模倣という意味の「ミーム」という新しい遺伝子の可能性を示唆している。ミームとは親から子への遺伝ではなく文化的遺伝、要するにアミノ酸配列という物質としての遺伝ではなく、記憶としての遺伝なのだ。

more photos of mimicry and camouflage
http://www.sciencephoto.com/search/searchLogic.html...
about "selfish gene" and "meme"
http://www.geocities.co.jp/HeartLand/2989/book.html

July 19, 2005

自由と自由落下

今回スペースシャトルはちゃんと打ち上げになるかな?もう結構昔になるけど、前回のコロンビア号以前にも一度スペースシャトルには大きな事故があった。当時の衝撃は結構大きかったな。既に世界はとっくにパックス・アメリカーナだったのだけど、今よりはアメリカという国の信頼度は高かった。だから尚更衝撃的だった。多分あの時、チャレンジャーというその当時のスペースシャトルの名が象徴するものは、既に墜落の予兆にあったのだと思う。

で、自由ということなのだけど、敢えて自由を身体的に宇宙の無重力状態にたとえるなら、実はスペースシャトルや他の人工衛星内でのそれは本当の意味での無重力ではなかったりする。状態としては無重力なのだろうけど、でもあれは正確には重力圏内での自由落下なわけだ。スペースシャトルは秒速8kmもの速さで地球を周回する。すなわち遠心力と地球の重力がつりあってできる無重力なのだ。言い方を換えると、スペースシャトルは地球という重力の庇護の中で永遠に落ち続けるのだ。無重力という定義には一致しても、宇宙を自力で漂う無重力とは根本的に違う。

で、さらにちょっとみっともない比喩かもしれないが、そのスペースシャトル内での無重力は夫と喧嘩別れをして実家に帰った嫁の自由に似ている。どうやら嫁は夫と離れると物凄く自由を感じるようだが、はっきり言ってそれは実家の親に守られての自由落下だぞ!あ~やっぱこれじゃ比喩として弱すぎる。されば、世の中わけの解らぬ、いかがわしい団体に所属して、その中でぬくぬくと自分は自由だなんて感じている人もいる。そんな人にははっきり言ってやろう。それは自由なんかじゃない。自由ってそんな生ぬるい物じゃないぞ。ただの自由落下だ。もし落ちたいのなら永遠に落ち続けろ!って。

結局人間は「自由と自由落下」、殆どの場合見分けがついていない。ただ幸福でさえあれば良いって考えるならば、どんな最悪の重力のもとでも自由落下は出来てしまうのだ。

自由落下について
http://iss.sfo.jaxa.jp/shuttle/flight/sts99/earthkam_01.html

July 18, 2005

Black is the color of my true love's hair.

wildisthewindNina Simone/wild is the wind
black is the color of my true love's hair
昨日古本屋に行ったら何だかずいぶん変なBGMがかかってたな。ずっと「戦争反対!」って繰り返して歌ってるんだよね。いや、その通り戦争反対ですよ。でもね、あんなに意味無く繰り返されちゃうと、本当、意味解って歌ってるのかな…って心配になっちゃう。流行ってはいないのだろうけど、多分最近の若い子の歌だよね。若い連中の厚顔無恥さというか、物怖じ無さには敬服する。いや正直言って怖さを感じる。その「戦争反対」を歌っている子がどの程度、暴力や国、民族、宗教・・・考えているのか全然知らないが、単純にノリのみで歌っているとすれば、戦争突入時には単純にノリのみで「頑張れニッポン」に変わる可能性があるわけだ。…とり合えず歌っちゃう、とり合えず行動しちゃう…ん~大したものだけど、やっぱりそれって怖いぞ。やっぱ刺青とかも、とり合えず・・・というノリでしちゃうのかな?確かに人間にも時代にもカタルシスは必要なのだろうけど…ん~~やっぱ、あまりにも後先考えずダイレクトなのって怖いぞ。

と、いうことで今自分が聴いているのはニーナ・シモン。 "Black is the color of my true love's hair..."

July 17, 2005

roses

今回は何も加工していません。でも不思議ですよ。自分で言うのもおかしいのだけど、今回の場合は写真に撮ってアップした物よりは実物の方が良いのです(単純に写真の撮り方が悪いのかな?)。ちょっとお遊びで加工してみようかな、なんて思ったのですが、加工しても良くはならないのです。ん~分からん。絵の場合、実物と写真とではいつもかなりの開きがあります。それは確かです。

July 11, 2005

roses

デッサンがいまいちだったのでphotoshopでちょっと水彩画風に加工してみました。ん~こうすると満更でもない。でもやはりこれはインチキか。だったら最初からこんな雰囲気で描ける方法は無いのか?確かにワイエスのドライブラシとかこんな感じだな~(当然彼のデッサンはもっとめちゃ上手いけど)。でもやはりドライブラシだろうが何だろうが、基本的にデッサンだから、ちゃんと修練するしかないのだろう。言う前に分かってたりして・・・。

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