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mimicry

Leaf_insectわけ分からんのが昆虫の擬態だ。あの連中どうやってあんなふうに体を変化させたんだ?例えば百歩譲って体の色を変化させるまでは、今までのダーウインの進化論で理解できるとしよう。淘汰としてそういう突然変異種が生き残ったと考える事は可能だ。でも昆虫の中には葉っぱそっくりの形をしたものいれば、花そっくりのカマキリなんてのいる。突然変異であんなふうになるか?徐々に突然変異の掛け合わせにより変化した…と言えない事もないが、単なる突然変異で細部の模様まで変えられるのか?

まず擬態の目的なのだが、確かに人間なら最初に目的を定め、そのためには何をすれば良いという方法を導くだろう。でも昆虫にはそれをするための大脳はないのだ。なのに彼らは目的に見合う擬態の成果を得ているのだ。あるものは「身を守るため」あるものは「捕食のため」あるものは「威嚇のため」。まさに意志として選んだ上での擬態のように見える。大脳が無くても意志が介入するのか?仮に「突然変異→淘汰」即ち試行錯誤そのものを意志として解釈したとしても、最初の突然変異が起きる段階で、何らかの意志選択があるのではないか。でなければ無意味な突然変異は無限大となり、生物としての機能保存あるいは種の保存自体が不可能になる危険性がある。

さらに不思議なのが本能の遺伝だ。殆どの動物が、生まれてからの環境や学習に関係なく遺伝として初期行動を持っている。いわば親からの記憶の遺伝なのだ。DNAの螺旋の中に、そのアミノ酸の結合配列の、一体何処に記憶の保存が可能だというのだろう?例えばアゲハ蝶の幼虫は威嚇のための模様、大きな目を持っている。それは成虫である蝶(親)が空を飛んでいる時に得た情報、即ち大きな目を持っているものは危険(天敵である鳥がそれに近づかないとまで考えたかどうかは定かでない、というか考える筈がないのだがそうなっているのだから不思議)…といった視覚情報が遺伝した結果のはずだ。自在に空を飛ぶことが出来た蝶だからこそ得られた情報の結果とは言えないだろうか。だとすれば視覚情報としての視覚的記憶が遺伝しているのだ。葉や花の形をした昆虫にしても、それは視覚的な記憶による変異なはずだ。繰り返すが一体DNA配列の何処にそんな記憶の保存が可能だというのだろう?

利己的遺伝子(実は遺伝子がそれ自体の保存のために生物の体を利用するという説)を唱えたリチャード・ドーキンスはギリシャ語で模倣という意味の「ミーム」という新しい遺伝子の可能性を示唆している。ミームとは親から子への遺伝ではなく文化的遺伝、要するにアミノ酸配列という物質としての遺伝ではなく、記憶としての遺伝なのだ。

more photos of mimicry and camouflage
http://www.sciencephoto.com/search/searchLogic.html...
about "selfish gene" and "meme"
http://www.geocities.co.jp/HeartLand/2989/book.html

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