自由と自由落下
今回スペースシャトルはちゃんと打ち上げになるかな?もう結構昔になるけど、前回のコロンビア号以前にも一度スペースシャトルには大きな事故があった。当時の衝撃は結構大きかったな。既に世界はとっくにパックス・アメリカーナだったのだけど、今よりはアメリカという国の信頼度は高かった。だから尚更衝撃的だった。多分あの時、チャレンジャーというその当時のスペースシャトルの名が象徴するものは、既に墜落の予兆にあったのだと思う。
で、自由ということなのだけど、敢えて自由を身体的に宇宙の無重力状態にたとえるなら、実はスペースシャトルや他の人工衛星内でのそれは本当の意味での無重力ではなかったりする。状態としては無重力なのだろうけど、でもあれは正確には重力圏内での自由落下なわけだ。スペースシャトルは秒速8kmもの速さで地球を周回する。すなわち遠心力と地球の重力がつりあってできる無重力なのだ。言い方を換えると、スペースシャトルは地球という重力の庇護の中で永遠に落ち続けるのだ。無重力という定義には一致しても、宇宙を自力で漂う無重力とは根本的に違う。
で、さらにちょっとみっともない比喩かもしれないが、そのスペースシャトル内での無重力は夫と喧嘩別れをして実家に帰った嫁の自由に似ている。どうやら嫁は夫と離れると物凄く自由を感じるようだが、はっきり言ってそれは実家の親に守られての自由落下だぞ!あ~やっぱこれじゃ比喩として弱すぎる。されば、世の中わけの解らぬ、いかがわしい団体に所属して、その中でぬくぬくと自分は自由だなんて感じている人もいる。そんな人にははっきり言ってやろう。それは自由なんかじゃない。自由ってそんな生ぬるい物じゃないぞ。ただの自由落下だ。もし落ちたいのなら永遠に落ち続けろ!って。
結局人間は「自由と自由落下」、殆どの場合見分けがついていない。ただ幸福でさえあれば良いって考えるならば、どんな最悪の重力のもとでも自由落下は出来てしまうのだ。
自由落下について
http://iss.sfo.jaxa.jp/shuttle/flight/sts99/earthkam_01.html



