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March 29, 2006

fur

毛皮のコートの件ですが、こんなビデオがあったので紹介します。当然暴力はOKではありません。このビデオ、極端だと思われるかもしれませんが、暴力の本質も突いていますね。一度使えば今度は一生それを恐れて生きなきゃいけない。動物に対する暴力も同じです。暴力だけじゃないですよ。人間の身勝手さ全域です。搾取すれば今度は搾取されるのを恐れなきゃいけないし、人を騙せば今度は騙されるのを恐れなきゃいけない・・・。

こんなの小学生や中学生に言うような内容でしょ。でも日本には(世界にも)それが分かっていない阿呆な小金持ちや政治家、役人、大学教授・・・山のようにいるのですね。

このビデオだけだと何のこっちゃか分からないかもしれません。こちらもご覧下さい。
http://216.25.73.52/media/Seal_Hunt_512k.wmv

http://www.furisdead.com/index.asp

March 28, 2006

Don't stop the music

Go to AmazonYarbrough & Peoples/ The Best of Yarbrough & Peoples
Don't Stop The Music
81年 Yarbrough & Peoples (Calvin Yarbrough, Alisa Peoples) の one hit wonder です。このシャッフル16ビート(ブギか?)に「愛の残り火」シンセベースがなんとも言えないですね。かすかな記憶辿ると…ドリフターズが人形コントでこれ使っていませんでしたっけ?・・・ちなみに彼らはこのヒットの後結婚しました。先程彼らのサイトを見つけたのですが、2003年までのところは離婚した形跡は無いようです。素晴らしい。アメリカ人でしかも芸能人でそんな稀な事が有り得るのですね。

前にもこんな事を書いたか書かなかったか、「結婚」というのが神業にも思われる今日この頃。大体男女間の交際というのは似た者同士が惹かれ合って始まるわけですね。ところが、その似た者同士が始終一緒に暮らす状態(=結婚)になると必ず喧嘩が起きる。たった二人でもサル山のボス猿争いが起きるのです。知性や性格が同等なときほど始末が悪い。更にわりと知性の高い女性ほど価値観の共有なんて高級なことを主張する。でもね、始まりが同じ人間でも男が男、女が女で長くいる間にそれぞれ脳の構造が変わってくるように思われるのですよ。違う生物なのに一緒の価値観なんてあり得ない。結局どちらかが自分を押し殺さなければならなかったりする。(・・・極めてネゲテブなこと書いてます。)

それからこれも不思議です。男女の仲って、似た者同士が惹かれ合うわりには必ず自分とは違うフェロモンの相手を選ぶのだそうです。ん~益々条件厳しくなってくる。自分はこんな風に神業だなんて思うのですが、中には十代の同級生時代から付き合っていて当然の如く結婚しそのまま続く、なんてパターンも多々在ったりする。しかもその二人そっくりなのです。顔が!何故?確率的に言うとどんなものなんでしょうか?訳が分からなくなります。

March 27, 2006

Alexa

Alexa 恐るべし。
この前なにげに FireFox に Alexa ツールバーの拡張プラグインなんぞ入れてみたのです。でこのブログを開いて、そのツールバーを右クリックすると、なんだか "Contact Info..." なんて書いてある。クリックすると・・・な、何とそこには自分の個人情報が全て開示されているのです。。。唖然。。。驚きました。

確かにドメインの Whois情報にはちゃんと自分の情報を載せていましたよ。だってそういう規定になっているから。しかし Whois情報なんぞ調べようとする人はいないだろう、と高を括くっていたわけです。ところがそれが丸のまんま、しかも物凄く分かりやすい形でクリック一発で公開されていたのですよ。何と言うか、驚きと言うか呆れると言うか・・・。多分それを見た人は、(私を)なんと奇特なお方だと思った事でしょう。私自身も自分をなんと奇特なお方だと思います・・・。

慌てて Alexa の Site Information Editor ページで情報修正しましたよ。更には自分の登録していたドメインのレジストラ会社は orgドメインの Whois代行は出来ないとの事で他の会社にレジストラ移管もしましたよ。自分が甘かったとは言え、面倒な限りです。

Alexa ってスパイウェアだとかガンガンに言われているし、サイトのトラフィック情報どころか一個人のブラウザー情報全部収集しているらしいですよー。・・・けっしてお薦めしません。

March 25, 2006

seal hunt

seal1.jpg
seal3.jpgseal2.jpg

Fast Focus on the Environment (是非このサイトをご覧下さい)
http://www.fastfocus.tv/media.aspx?id=262

Stop the Seal Hunt
http://www.stopthesealhunt.ca/site/pp.asp?c=dhKPI1PFIqE&b=437193

カナダ政府は今年のアザラシ捕獲制限を去年の 320,000匹から 325,000匹に増やしました。これは狩猟なんてものではありません。生後2ヶ月の赤ちゃんアザラシは海の中に泳いで逃げる事も出来ません。他の動物に対する警戒心なんて全くないのです。完全な虐殺です。カナダ政府は生態系の維持や漁獲量の維持と理屈を言いますが、だったら何で赤ちゃんアザラシなのでしょう。ポール・マッカートニーも(ついでに私も)それを絶対に許しません。(こういった反対キャンペーンは主にアメリカで行われています。確かにアメリカとカナダの仲たがいも関係しているでしょう。ただし実際は殆どのカナダ人も NO! と言っているのです。)

毛皮のコートを買ったり着たりする事、2ch 的に言うとそれこそ DQN です。私は教育関係なのでよく分かる。正直、人間の頭に良いも悪いもありません。環境でどうにでも変わる。学歴での DQN なんて笑っちゃいます。しかし DQN はどうやら確実に存在する。それは人間の根本的な質に関してのものです。

March 23, 2006

FF

ずっと前から気になっていたのです。これです。(つうか関東周辺の皆さんはきっと知っていましたね。疎いもので、どうもスイマセン)

hinomaru2.jpeg

新手の右翼出現か?なんて思っていたのですが、よく見ると何故か「小林克也」なんてサインしてある。車を運転していると、最近は100~200台に1台の割合でフロントガラスにこのステッカーを(貼っているのではなく)置いてあるのを見かける。乗用車でも見かけるのですが、どちらかと言うとトラックの方が多いようです。昔だったら極心空手のステッカーなんてのが結構あったので同じ傾向かな、とついつい発想するのですが、どうやらそうではなさそう。

FunkyFridayとは?
埼玉のFMラジオ局NACK5で毎週金曜日に放送されている番組です
FunkyFriday(ファンキーフライデー)略してファンフラ
朝9時から夕方6時までの9時間を一人のDJが突っ走ります
そのDJとはKING OF DJ 小林克也さん

・・・との事。
その番組に投稿して採用されるとこのステッカーが貰えるらしいです。でも実際は巷では凄い数の本物ではないコピーが増殖しているらしいです。ステッカーだけが一人歩きをしている雰囲気です。

小林克也さんも老体に鞭打ってよくやります。自分としては唯のDJではなく正直、国会議員になって貰いたいくらいの人なのですが・・・。リスナーは彼の功績や偉大さ本当に分かっているのかな。・・・つうか正直自分も欲しかったりして。

このスレが面白いです。
http://kanto.machibbs.com/bbs/read.pl?BBS=kanto&KEY=1122938105

小林克也の RADDIO BAKA
http://www.radiobaka.dj/index.cgi

March 21, 2006

春の嵐

「春の嵐」吹き荒れていますね。ヘッセでしたっけ?確か大昔に読んだような?ヘッセだけじゃありません。その手の本片っ端から全部読んだ・・・ような覚えがあるのだけど、何にも覚えてましょん。以前一度、俺って脳腫瘍?(結局ただのメニエールでした)なんて心配になって大学病院で MR 撮った事があるのだけど、何故か脳のど真ん中に大きな大きな空洞が・・・。あの時医者に「なんでここのとこ、こんなに広い空間があるのですか?」と聞いとけばよかった。・・・なるほど、多分あそこだったんだ。

春の嵐、気分いいですね。特に脳のど真ん中に大きな大きな空洞がある人間にとってはこの季節最高なんです。何と言ったらよいのか、「ガッシュなジェットがスプラッシュする」のですね。

Go to AmazonShannon/ The Best of Shannon
Let the Music Play
マイナーコードの16ビート、この危うさが何とも言えない。一歩間違ったらジンギスカンだぞ!こんないい加減な記事書いてていいのか!と思いつつ「ジェットでスプラッシュなガッシュ」してしまいそうです・・・。

March 18, 2006

identity

The noisy wheel gets the oil.

The nail that sticks up gets beaten down.

上記二つは西洋文化(狩猟)と東洋文化(農耕)を端的に表す諺(proverb)です。これを読むとどうやら東洋文化はアイデンティティー(identity)を持つのを是としていないような感覚を与えるのだが…。しかし、どうやらアイデンティティーで問題なのは単なる「我の強さ」ではなく、その質のような気がする。アイデンティティーを自分を作り出す核で、人は自己と他の客観物との同一視によってそれを行うと定義すると、重要なのはその同一視する対象という事になるはずだ。

例えばある人はその対象物を自分の国籍や性別、信じる宗教とした、一方ある人はその対象物を自分の家族、自分の容姿・体型、自分の育った境遇、自分の職業上の技能としたとする。この場合確かに前者の同一視対象物がよりステイブルという印象を与える。だが実はアイデンティティーに関する限りその同一視対象を神や仏に求めるよりは、後者のもっと具体的な独自性を持つものとする方が、それ自体の質はともかく方法論的な質として上にくるように思われるのだ。何故なら前者はアイデンティティーとしては余りに範囲が広く共有者が多過ぎる。すなわち自己を確立するもとしては脆弱な基盤となってしまうのだ。実際これは思春期の青年心理、彼らの多くは自己の対岸に理想像を置くから、自己否定の裏側として自分よりより大きな存在に自己同一性を求める…に多く見られる傾向だ。そして歳を増すごとに人間のアイデンティティーも実は変化する。今まで同一視対象を大きな物に置いていた人達ももっと個別で具体的な物へと、例えば国を愛するよりは自分の生まれ故郷を愛し、自分の家族を愛するというように変化するのだ。・・・そうあるべきはずなのだが。

・・・と、まぁこの歳になってまだ「アイデンティティーの確立」なんて問題を考えてます。そうです。アイデンティティー確立しなきゃ・・・ではなくて(でも良いのですが)、最近何故かフロムの「自由からの逃走」などちょこっと読み返してます。彼は国のような大きな固まりが保守化するのを主に人間の持つ性的な部分(サド・マゾや権威的性格)が起因する、人間は自由を与えられる程に戒律を欲する、と見るわけです。その部分をどうしてそんな風になるのだろっと思いまして・・・。

以前テレビで「いわしの群れ」の性質を見た。なかなか興味深かった。例えば群れに天敵が近づくと、瞬時にしてその方向を変える。まるで群れ全体が一つの生物であるかのように。「空気を読む」というが彼らは水を読む。いや読むどころでなく一匹一匹がテレパシーか電気信号で結ばれているかのようにだ。(…ん~それって絶対何かある。あの瞬時の動きはあり得ないもの…。)そしてもし一匹だけが運悪く群れから外れれば、その一匹は集団による行動を失う。敵に近づかれてもどう動けばよいのか分からなくなるのだ。よって大きな魚に簡単に捕獲されてしまう。多分、人間に残されている集団への本能とも関係している。一匹だけでは足りない生態学的な行動基盤を集団で行動することによって補えるのだ。

要するに人間の中にある生物学的な本能を考えると、「個・孤」でいる事は耐え難い恐怖なのだ。その恐怖は自己のアイデンティティーが脆弱な程強くなるはず。ポストモダンの時代は大人が大人になりきれない時代・・・。

最初に挙げた二つの諺はあくまでアイデンティティーの強弱やその表出を社会がどう見るかを言っているだけ。結局その質自体には何も触れていない。でもアメリカでも日本でも保守化は起きている。ということは、問題となるのはその中味の質、構造的な質になるはずなのだ。

March 16, 2006

Isn't she lovely?

Go to AmazonSongs in the Key of Life/ Stevie Wonder
Isn't she lovely?
Amazonのレヴューを読んだら実に良い言葉が使ってありました。

「神との交信の記録」

最高級の言葉ですね。もし自分の作品がこんな形容されたら・・・と、想像するのもおこがましいのでやめときます。でも一体何がこんな凄い言葉を使わせるのでしょう。確かに「そうだな、神との交信の記録なんだ」って思いますよ。それは彼が天才だから?彼が盲目だから?これこそソウルだから?それらしいタイトルの曲があるから?

自分が思うにその鍵は "Isn't she lovely?" のアイシャの声(ベスト版等には入っていません)に隠されている。父親が娘が可愛くて、自慢したくてついつい曲の中にまで娘の声を入れてしまった。別にそんな解釈でも充分なのですが、これこそが実際に神との交信じゃないかと思うのです。だってこのアルバムのタイトル思い出してください。"Songs in the Key of Life" ですよ。人生って誰でも持っている。子供の誕生、子供の発する声、人間の理知やコントロールとは違う場にあるのです。日々の普通の生活だって紙の上や文字に記されたものじゃない。確かに他にももっと芸術性の高いアルバム、ビートルズの「サージェント・ペパー・・・」やボウイの「ジギー・スター・・・」etc. 沢山あるでしょう。ただし仮に最高の演奏やコンセプトを一枚のアルバムに詰め込めたとしても、そう簡単に「神との交信の記録」なんて王冠を載せられるものじゃない。

そして逆に辿って考えると、それを記録するかはさて置いて「神との交信」とはそんな難しいものじゃない。天才だけが出来るとか「スピリチュアル???」な人間だけが出来るとか、それは大間違いだ。誰もが普通にしている…と思うのですよ。

もしそれが実感したいのなら、恋人を今現在持つ人は直ぐ結婚しましょう。そして(自分が鬼畜だ「仏教的に言うと自分の前世が虫だ」と思っている人以外は)今直ぐ子供を作りましょう。経済的な事など関係ないです。それを気にする時点で充分あなたは資格合格者です。

あなたが自分の子を抱っこするとき、自分の子のオムツを換えるとき、確実に「あ、自分は今神と交信しているのだな」って実感出来るはずです。仮にあなたが子供に恵まれなかったとしても、きっとあなたの愛する人があなたにそれを実感させてくれるはずです。

自分の経験より →

March 14, 2006

エレキ。。。

無性にエレキがホジイ。。。
何が欲しいかというと GRETSCH です。やっぱグレッチが一番カッコ良い、なんて思う今日この頃。だいたい多くのブロガーはこんなのを購入しましたよ、と記事を書くわけですが、自分の場合はこんなのが欲しいですよと、誰か買ってくれや!!!と書き込むわけですね。はい。人間、金が無くなる程に夢が広がる。

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Gretsch G6129T-1962 Silver Jet  定価 346,500円

う~。値段で身震いきます。で、これ買ったら次はエピフォン買って、リッケンバッカーはコピーじゃみっともないからモノホン買って・・・中学生並みの皮算用です。どうも自分の場合ストラト、レスポールというスタンダード路線から外れるんですよね。

自分的に過去に所有していたギターを列挙してみます。

  • ヤマハのアコスティック → 高校生のとき食事中に弾いていたら家のオカンにピート・タウンジェントされました。本当です。
  • グレコのテレキャスター(アイボリー) → 高校時代「もうバンドはやらん」と友達に売却。
  • フェルナンデスのモデル名不明の「ジューシーフルーツ」のイリヤが持ってたタイプ(メタリックブルー) → 質屋行き。
  • スクワイアーのプレシジョン・ベース(黒) → 人に貸すが返って来ず。
  • バーニーのレスポールJr → 人に貸すが返って来ず。

ちょっと待てよ、借りたものはちゃんと返せや!!!だいたい、音楽とはどう見ても無縁そうな連中に貸したのです。飽きてすぐ返すだろうと見たわけです。ところがその読みが甘かった。音楽とは無縁だからこそ連中には楽器の大切さが判らなかったのですよ。こちらが「あ、いいよ」と軽く言ってたとしても、その軽さをマジに受け取ってくれたのです。貸した連中は皆後輩や年下だから「ギター返せ」なんてなかなか言いにくい。その他にもドラムマシーンも8トラックレコーダーもありました。でも皆返って来ません!貸した楽器がちゃんと楽器としての役割で連中に使われていたなら、こちらも失い甲斐はあるが、どう考えてもそれはありそうもない・・・。

で、結局自分の手元にあるギターはこいつだけなのです・・・

guitartumb.jpg

かなり昔、友達が何処かのゴミ置き場から拾ってきたガットギター。更に自分は興奮のあまりこのような必殺なペイントを施してしまった。。。ついでに言うと見た目だけではなく、音も「なんじゃこりゃー」なんです。

    教訓
  • 人にはズエッタイに大切な物は貸さない。どうしてもの場合は最初に「絶対返せ!」と3回は念を押す。その後も借金取りのように追いまくる。
  • 買うのだったらコピーでなくモノホンを買う。拾った物は身に付くが、やっすいコピー商品は身に付かない。

March 11, 2006

Yoshimi

やっぱ Yoshimi に「しばき倒して貰う」しかないと思う。以前 Yoshimi とファミレス行ったとき、 "Sweet lady, sweet lady~" ってシャーリーンの " I've never been to be" が流れたのよ。そしたら彼女「こういうのって凄くチージーよね!」・・・だって。自分は「そうなのか?そういうものなのか?」と甚だ疑問は感じたものの、当然彼女に反論出来るわけなく「ん?まあ、そうかも・・・」で済ましてしまった。彼女は一度イギリスに留学した事があって、どうやらそのとき流行っていたのがクーラ・シェイカーらしいのだ。で、彼女にするとそれに比べればどんな音楽もチーズということになってしまう。まぁそれはいいとして、その訳の判らぬ Yoshimi の強さに懸けたいと思う。今こそ Yoshimi 待望論だ。世界は Yoshimi を待っているぞ!


Go to AmazonFlaming Lips/ Yoshimi Battles the Pink Robots
Fight Test
ちなみに自分は、道でジュニア・ハイ・マンキー(中坊)達と擦れ違うときは必ず「この地球は絶対お前らの手には渡さんぞ」と、思いっきり眉間に皺を寄せた怖い顔で自分の意志を示す事にしています。

March 10, 2006

大人の塗り絵のすすめ?

この前本屋で平積みコーナーをちらちら眺めたのだけど、多分このラインだと思う。
「○家の品格」-「大人の塗り絵
このラインというのは、いきなり「日本は世界で唯一の情緒と形の文明」と論理もへったくれもない言葉をぶち挙げながらもやたらと論理を強調する「○家の品格」の著者のセンスにはけっして無い言葉「アプリオリ」、私のそれがそう言わしめてくれるのだ。(私の場合全否定ではない。当然日本の文化は守りたい。アメリカの奢りは許せない。ただあの本と著者の理論ではね・・・。)

例えばあの本の中で著者は「人殺しは悪いこと」は論理的に説明できない、などと言っている。え~マジ?どこぞの大学の教授の"おつむ"ってそんなものなの?それこそ100パー論理でしょ。めっちゃ頭にきても理性がそれを押さえるのでしょう。人を殺すのは暴力なのよ。暴力は一度使えば一生それに脅えて生きなきゃならない。人を殴ったら今度はいつ自分が殴られるのかビクビクしてなきゃならない。その恐怖の為にまた人を殴るという悪循環にはまる(アメリカのように)。だから暴力は使っちゃいけない。人は物凄く弱い存在で眼に見えない風邪のウイルスでも死ぬのよ。当然殴っても死ぬかもしれない。だから「殺してはいけない」でなく、傷付ける行為自体をまずしてはいけないのだ。・・・多分あの著者、お勉強ばかりで小さい頃本当の取っ組み合いの喧嘩とかした事がなかったのだろう。

それからあの著者、アメリカに3年居たということで、さもアメリカ人を知ったような事を言っている。でも多分まったくコミュニケーションとれてなかったのじゃないの?アメリカ人って「この人には通用しないな」ってな場合、絶対に本心は見せないのよ。自分もあの人だったら、けっして本心は見せないな。だって論理、論理と言ってるくせに論理ボロボロなのだもの。多分人を思いやる心(情緒のようなもの)に関してもその時点の彼よりアメリカ人の方が断然あったはず。3年間もアメリカに居て友達一人も出来なかった、で、今思い出すと腹立つ事ばかりで反動に走るというパターン?

もっと沢山言いたいのだが、どうもあの本読んでいるとキモくて。例えばあの著者、結局論理ではないと「情緒」に行き着くようなのだけど、あのね、西洋哲学にもドイツ観念論とか超越論とか一杯あるのよ。その辺は完全無視でしょうか?・・・正直言って数学系ってちょっと足らない奴多いような気がする。オカルト宗教にはまるのも理数系が多かったりする。どうも彼らの理論、3Dではないんだよね。

どうか日本人があの著者が作り出すような、貧相な形の大人の塗り絵(ドグマ)にはまりませんように。

・・・彼が舌で唇ペロペロなめながら夢中になって「大人の塗り絵」をしている・・・という死ぬ程フリーキーな光景が頭に浮んでなりません・・・。

March 8, 2006

wild-goose chase

たまには "Quotation of the Day" から、

Happiness in this world, when it comes, comes incidentally. Make it the object of pursuit, and it leads us a wild-goose chase, and is never attained. Follow some other object, and very possibly we may find that we have caught happiness without dreaming of it. Nathaniel Hawthorne

世の幸せとは、それが訪れる時はいつも"ついでに"やって来るものだ。それを追求の対象にすれば、ただむだ骨を折るだけでけっして達成はされない。何か他の対象を追った方がいい、そうすればかなりの確率で我々はそれを夢見ることなく既に捕まえていることに気づくはずである。


と、言う事らしいです。駄菓子屋の30円くじだって当ててやろうと思う時はだめなんですよ。お金も運も異性も追えば追うほど逃げて行く。何故?何故ってそれはこっちが聞きたい。だいたい皆選り好みし過ぎなんですよ!・・・と、される立場、更にはされて弾かれる立場は思ったりします。

"Do you really think life is a strategy?" "What did you get after all?"

と、自問自答を含め吠える始末です。

March 6, 2006

Duchamp

自分の敬愛するデュシャン (Marcel Duchamp) の作品です。「チェスをしている風景を写真に撮った・・・」のではなく、演出された意図的な作品です。以前画集からコピーを頂いた物ですが、多分余り人には知られていないと思います。題名は・・・はっきりと覚えていないのですが「舌を出すデュシャン」とかそんな感じだったかな?(無責任でご免なさい)興味のある方はあちこち調べて見て下さい。(一緒にチェスをしているのは多分マン・レイの筈です)

この作品からデュシャンとは一体何者だったのか、デュシャンのセンス、良く分かるでしょう。面白いですよ。だって世の評論家なる方々はそれに色んな解釈や理屈を付けてくれるのですから。勿論画家は絵を描いて、評論家はそれを批評して食べているのだから持ちつ持たれつでOKですけどね。ただね、今時になってもインスタレーションに真剣に取り組んでいる芸術家の方々、それはちょっと無いのじゃないかな。多分それはデュシャンの方向性とは180度逆だと思うのだけど・・・。

「推して知るべし、デュシャンの愉しみはもう無いのだよ。」
もしそれを知ってでも続ける人は本当の退廃を愛する人なのでしょう。ちょっと前に物議を醸したものでは乳児の死体に鳥の剥製をくっ付けたインスタレーションなんてのもあった。芸術に定義は必要ないけど、限りなく大衆の手に堕ち続ける世界には興味はありません。

March 4, 2006

see more glass

スケッチブックの切れ端より「もっとカガミ見てちゃん」です。自分で描いたわりにはとってもスケアリーです。

March 1, 2006

鼻毛カッター

ずっと「俺はアマゾンになめられている」と思ってました。
いつもアマゾンのページの左下にあるこれです。

Go to Amazonトップ10 鼻毛カッター
鼻毛カッターなど検索した覚えはないのに、自分のアフェリエイトから飛ぶといつもそこにある。
「アマゾンめ、またナメた事してくれるぜっ。」て感じです。
でもどうやら自分だけではなかったよう(→http://blog.livedoor.jp/k_hiko3/archives/50419021.html)。
ちょっと安心。