違和感
最近、40,50代ターゲットの女性誌の宣伝に山本容子が出演していました。でもどう見ても違和感、感じました。他に一緒に宣伝に登場する女性たちって正直ただのモデルの、ただのおばさんたちですよね(ごめんなさい、わたしとしての正直な感想です)。その中に山本容子が交じるかな。さらにその出演の仕方もなんだか前座っぽいものでした。それはマズイでしょう。山本容子って実は棟方志功並みに日本が世界に誇れる巨匠なのですよ。。。雑誌の編集者がいかに芸術を知らないという事か?あるいはメディアのおごりか?あるいはそれこそが社会一般の画家や芸術家に対するヒエラルキー内での位置づけかな?なんだか寂しくなりました。
世俗と芸術の違いなのですけど、芸術の場合は、のちに必ず歴史的検証がなされます。最終的に愚民政治にならないのが芸術の良いところなのです。例えばアンディ・ウォーホールとロバート・ラウシェンバーグでは知名度でいったら断然ウォーホールでしょうが、やっぱ実はラウシェンバーグだったりするのですね。。。そうです。芸術的な質の高さの違いです。
「流行を作り出し、世論を操作してるのは自分たちだ。安倍政権を潰すのも、朝青龍を辞めさせるのも自分たちのさじ加減でどうにでもなる」最近のマスメディアって、こんな感じでしょうか。ただ、何とかラッセンが芸術でルイヴィトンやロレックスがマジで素晴らしいと思っている程度の価値観ではどうにもならないでしょ。だいたい良く考えれば、マスメディアこそが核心的に世俗なのですよね。多分彼ら自身がそのことを良く知っているんですね。「自分たちは決して歴史に残らない、だからどんなに厚顔無恥に振舞っても平気なんだ」ってなところなのでしょうか?



